5回表 sideユリア
――城庭の茂みにて、白猫姿の私は黒猫に組み敷かれてしまったのだった。
「にゃあん!(何するの!?)」
咄嗟に飛びつかれてしまったので、混乱してしまう。
(――なんとなく、このままだとマズイ気がする……!)
――本能的に危機を感じた。
だというのに、どうしてだか相手の言いなりになってしまいそうだ。
慌てふためきつつも、相手を跳ね除けようとするがビクともしない。
(まさか――こんなところで万事休す――!?)
そう思っていたら、黒猫が一声鳴いた。
「にゃあ(ユリア)」
「にゃっ……!??」
ビックリしすぎて、おかしな声を上げてしまった。
ネコの泣き声と共に――ものすごく聞き覚えのある声が重なったのだ。
(この声は、まさか――――!?)
「にゃあん!?(ヴァレンス様!?)」
その問いに対して黒猫は答えてはくれない。
「にゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ……(ユリア、俺の妻よ……ずっとこうしたかった……)」
「にゃっ……!?」
黒猫の鳴き声と共に、熱っぽい声音が重なって聴こえる。
(やっぱり黒猫さんはヴァレンス様と何らかの関係があるの……!? だけど、人間のヴァレンス様はそちらにいらっしゃって……!?)
だけど――どうしてもネコの鳴き声とともに聞こえくるのはヴァレンス様そのものなのだ。
そのまま体をくるりと反転させられて、私はうつぶせの体位になってしまった。
すると、黒猫は無言のまま、カプリとふさふさの首元を噛んできた。
「にゃあっ……!」
歯を立てられた様子はないが、びっくりして大きな声を上げてしまう。
腰の付近で黒猫がもぞもぞと動きはじめた。
「にゃああ、にゃああ! (ヴァレンス様、助けて――!)」
その時――。
「ユリア――――!!」
ザッと茂みを割りいって、ヴァレンスが顔を覗かせてきた。
そうして、一気にこちらに近づいてきたかと思うと、黒猫の首根っこをガシッと掴んでヒョイと追いやった。体の上に掛かっていた重みがふっと軽くなる。
――ふわり。
「ユリア、大事ないか?」
そうして、逞しい腕の中に抱きしめられる。
ものすごく慌てた様子で、いつになく険しい表情をしていたヴァレンス様だったけれど、私を抱っこすると柔和なものに変化する。
――ドキン。
「にゃあ(ヴァレンス様……!)」
窮地を救ってくれた夫の姿を見て、私はホッと安堵する。
同時に、疑問が湧いてきた。
(さっきの黒猫は一体――?)
その時、投げ飛ばされた黒猫が――また態勢を整えて、こちらににゃあんと爪を立てながらとびかかってくる。
「にゃっ……!」
思わず目を瞑ったが――。
「小賢しいな……我が半身とやらは……」
(――半身? いったいどういうこと? やっぱり、この黒猫はヴァレンス様と何か関係があるの?)
ヴァレンス様の腕にしがみついた黒猫の首根っこを、私を抱きかかえた腕とは別の手でヴァレンス様がひょいっと掴んだ。
そうして、我々の眼前に黒猫がぶらんとぶら下がる格好となった。
黒猫は手足をばたつかせる。
そうして――。
「にゃあんっ、にゃあ、にゃあ、にゃあ……! (離せ! 俺は最愛の妻ユリアと今度こそ結ばれるんだ!!)」
――最愛の妻ユリア!?
その単語に私は驚いてしまう。
思わず、私を抱えるヴァレンス様の方を見やったが、当の本人は半身とやらの黒猫が何をしゃべっているのか聞こえないようだった。
何食わぬ顔で、彼は茂みの向こうへと声をかける。
「ふう、騒々しいな……師匠、どうしたらよいのでしょうか?」
そんな中も黒猫はにゃんにゃんと叫ぶ。
『ユリア! ずっと言えなかった! だけど、本当は、俺はお前が可愛くてしょうがないんだ!!』
「にゃっ……!?」
ヴァレンス様の半身とやらの黒猫は、私にバタバタと手足を伸ばしながら伝えてくる。
『お前の一生懸命なところとか、誰に対しても優しいところだとか、全部全部愛おしくて仕方がない!!』
「にゃにゃっ……!?」
人間姿のヴァレンス様にはどうやら聞こえていないようで、真顔で私に告げてくる。
「すまないな、ユリアよ……理由がはっきりとは分からないが、どうやら、この黒猫は私と関係があるようでな……」
「にゃにゃにゃ……!?」
だとすれば、黒猫がにゃんにゃん必死に告げてきている言葉は全て――。
『お前のことが好きで好きでしょうがない! 愛しているんだ、ユリア!! どうか俺の――ちゃんとした妻になってほしいんだ!!』
――――衝撃の告白だった。
(ヴァレンス様も私のことが好き……なの……?)
『だけど、お前が可愛すぎて、どう接したらいいか分からなくて……』
すると、黒猫が眩い光を放ち始め、すうっとヴァレンス様の身体の中に溶けるようにして消えていった。
人間姿のヴァレンス様を見上げると、不遜な表情を浮かべているだけだった。
(あんまり私のことを好きそうな表情には見えない……)
だけれど――。
(この数日でよくわかったわ……ヴァレンス様はなんでも器用にこなすけれど、とっても不器用な人なんだって……)
じわじわと胸が熱くなってくる。
「師匠? いったい、どこに行った?」
ヴァレンス様がきょろきょろと首を動かしていると――。
「ここだよ」
先ほど見た黒髪長髪の人物が目の前にぬっと現れたのだった。
「良かった、師匠……」
(ヴァレンス様の魔術のお師匠様だったのね……)
黒髪長髪の魔術師はくつくつと笑った。
「面白い見世物をみれたな……」
「見世物?」
「いいや、こちらの話だ」
そうして、相手がこちらを見てきた。
「さて、白猫の王妃よ。元の姿に戻る方法は弟子には伝えてある。お前たちは――ちゃんと話し合うと良いよ……それでは、可愛らしい白猫のお嬢さん――次に会うときは、真の妻になっていることを祈って」
そうして――忽然と姿を消した。
それを見て。ヴァレンス様が嘆息する。
「余計なことばかり言うのだから――さて、ユリア、部屋に帰ったら、改めてお前に伝えたいことがあるんだ……」
――伝えたいこと。
――離縁だとか、そんなのじゃなくて、きっと――。
「にゃあん」
ネコは夜行性だからだろうか、歩く揺れが気持ちが良くて、瞼がトロンとしてくる。
「ユリア、疲れただろう? 眠ると良い」
「にゃあ……」
幸せな予感を感じながら、私はヴァレンス様の腕の中にゆっくりと身を委ねたのだった。



