白い結婚2年目に白ネコになったら、冷血王と噂の旦那様との溺愛生活がはじまりました


2回表 sideユリア


「にゃにゃにゃにゃ……」

 変わり果てた自分自身の姿を見て、私はプルプルと震えた。
 ふさふさの体毛に覆われた身体――被毛は真っ白な単色(ソリッド)だ。
 瞳の色は、月のように神秘的な黄金色。
 真っ白な乳歯は生えているし、目も見えて耳も聴こえるので――生後数週間以上は経っていると推測される。

「にゃあ……」

 声を出しても動物の泣き声にしかならないし、手を動かして体の感触を確かめるが――。

(やっぱりどう頑張っても猫だわ……)

 紛うことなき子ネコの姿。
 ショックで頭が真っ白になりそうだ。

(ネコ? ネコ?)

 人の姿の時の癖で、指で頬を摘まもうとしたが、ふさふさの毛並みを肉球でフニフニするだけだった。
 ぐるぐると困惑する頭で、状況を整理する。

(眠る前……もし自分がネコだったら、ヴァレンス様に愛してもらえるかもしれない……そんなことを考えた気がする)

 だけれど――どうして――?

(願っただけで叶うんだったら、誰でも今頃魔法使いよ)

 そう言われれば、昨日は満月だったことを思いだす。
 美しく金に輝く月。
 眩い光を放つ一方で、魔性の力が昂じてしまうこともある。

「にゃにゃにゃにゃ(認めたくないけれど)」

 ――何らかの魔力の変則(イレギュラー)が生じて、歪な形で願いを叶えてしまったのかもしれない。

(どうやったら、元に戻れるの……? 代々魔力持ちだった王家の誰かなら……もしかして私の身に起きている異変に気付いてくれたり……?)

 淡い期待が脳裏をよぎった、その時――。

 ――扉の向こうでザワザワとざわめきが聞こえる。

「にゃにゃん?」

 まだ城を囲む砦の周囲から眩い朝陽が差し込みはじめたぐらいの時間だ。
 こんな時間に夫であるヴァレンスが現れるはずはない。

(城に仕える侍女たちが、私の世話に? 朝食の時間になるまでは一人にしておいてほしいと伝えてあるのだけれど……)

 そんなことを思っていると――。


「入るぞ、ユリア」


(――――!)

 荘厳な低い声に子ネコの鼓膜が震えた。
 優雅なノック音が聞こえた後、ゆっくりと扉が開かれる。

 現れたのは、まさかの――。

(ヴァレンス様……!)

 私の旦那様――ヴァレンス様だったのだ。
 貴族らしく優雅な足取りで室内に入ってくると、朝の爽やかな風で紫がかった黒髪がサラサラと揺れる。
 生真面目な性格を現すかのように、黒い軍服を襟までしっかり詰めていた。

(こんなに朝早くに私の部屋にいらっしゃるなんて珍しい……)

 流れるような仕草で室内を見回す姿に、私は思わず惚れ惚れしてしまう。
 ふと――。
 彼の武人らしい節くれだった指に目を奪われた。
 どうやら白い便箋を持っているようだ。

(あれは一体……?)

「ユリア、朝早くに無粋な真似をしてすまない」

 冷血王と呼ばれるヴァレンス様が珍しく謝罪する姿に――私は黄金の瞳を真ん丸に見開いてしまった。

(ヴァレンス様が私に謝ってくるなんて、いったい何が起こったというの……!?)

 普段は流麗な語り口調の夫が、やたらと棒読みなのも気にならないほどの衝撃が私を襲ってくる。

「昨日のお前は、いつになく思い詰めているように見えた。せっかくだから気晴らしにと、朝食前の散歩をしようと思って、朝早くから訪ねてしまったのだが――」

(何が起こったというの……!? 夜に声をかけてくるか、儀式や行事の時にしかお誘いにならないヴァレンス様が……!!)

 しきりに白い紙に視線を彷徨わせているヴァレンスの横顔を縁取る黒髪が、朝の光にキラキラと輝く。

(早く応えなきゃ……あ……――!)

 何か返事をしてあげたいのだが――白ネコの姿になっているのだったと思い出す。
 にゃあにゃあネコの鳴き声になってしまいそうで、ネコ姿の私は答えることができない。

(せっかくの夫婦の距離を縮めるチャンスだったのに……)

 鏡の前、ネコ姿のまま項垂れると、髭も心なしか垂れてしまった。

「それに……ユリア……お前と話し合わないといけないこともあるのだ」

 ヴァレンスの紫水晶の瞳を縁取る黒い睫毛がふるりと震えた。

(話し合わないといけないこと――?)

 そこで、私ははっとする。

(先ほどからヴァレンス様がしきりに見ている便箋のような紙……! まさか……!)


 ――離縁状――?


 嫌な予感が背筋を駆け抜け、文字通り総毛だった。

(あ……そんな……)

 まるで雷に打たれたかのような衝撃だ。
 人間だったなら、髪が真っ白になっていたかもしれないぐらいの……。

(ずっと愛していた従妹君を娶る時に、正妃である私がいても邪魔なだけかもしれない……)

 ――聖女を娶ったが子を成せないからと離縁をヴァレンスから申し出るつもりだったのかもしれない――。

 それどころか――。

 さらに悪い予感が過る。

(まさか……私が白猫になったのも、流れる血の色が紫だと言われているヴァレンス様の思惑で……?)

 白ネコ姿のままプルプルと震えてしまう。

 けれども、ぶんぶんと首を横に振った。

(ヴァレンス様は動物に対してはとても優しい御方……私を貶めるような悪い人ではないはずよ)

 気を取り直した、その時――。


「ユリア? どうして返事をしない?」


 ――ヴァレンス様が白い便箋から視線を外した。

 一度ゆっくりと部屋の中を見回した後――彼が静かに問いかけはじめる。


「ユリア、ユリア? どうしたというのだ?」


 ふわふわの絨毯の上だというのに、軍靴の音がカツカツと忙しなく鳴りはじめた。


「寝所に……いない……? だが、昨晩は確かにここにいた。それに、ユリアは聖堂への朝の祈りには向かっていないと、護衛の騎士や侍女達は言っていたはずで……」


 彼の拳の中で白い紙がくしゃりと潰れる。
 王妃の部屋の異変に気づいた彼が部屋の中をうろつきはじめた。
 冷血王という噂はどこへやら、ヴァレンスからは焦燥が感じられる。

(ヴァレンス様……? ものすごく焦っていらっしゃる……?)

 予想外の彼の焦りを見て、困惑してしまう。

 お飾り妻でしかなかったが――それでも妻は妻だ。

 だからこそ、心配してくれているのだろうか?

「衛兵たちは何を……? 警護はどうして――これは――」

 その時、彼が机の上へと視線を落とした。

 そうして、わなわなと震え始めた。

(ヴァレンス様……?)

 見れば――その形相は――冷血王の名にふさわしい、とてつもなく恐ろしいものだった。

(机の上の何かを見て、怒っていらっしゃる……!?)

 私は机の上に何をおいていただろうか――?

 彼が呻くように呟く。


「ユリア……」

 そうして――。

 ヴァレンスがくつくつと笑いはじめた。

「くっ……本当に愚かなやつだ……」

(愚かなやつ……ヴァレンス様はやっぱり私のことを……いいえ、やっぱり今回の一件は、愛する公爵令嬢と結婚するため、私を陥れた罠で……)

 あまりにも恐ろしい笑顔と声で笑い続けるものだから――。

「に、にゃあ……」

 恐すぎて、うっかり声を上げてしまった。

(ま、まずい……!)

 肉球で口を塞ぐが、時すでに遅し。


「なんだ!? 何者だ!?」


 ヴァレンスがこちらを振り向いた。

 ――ばっちりと視線が絡み合う。

(あ……)

 思わずネコのふりをする――というよりも、ネコの私は声を上げた。


「にゃ……にゃ~~」


 ヴァレンスが唖然とした表情を浮かべた。


「ユリア……? 白……ネコ……?」


 こうして――。

 冷血王と名高い夫と白ネコになった妻は――あまり運命らしからぬ運命の出会い(再会?)を果たしたのだった。