華狐の嫁入り ~離婚を申し出た途端に旦那様が現れました~

 なぜなら、自分には彼らにこんな風によくしてもらう道理がないから。
 自分は、彼らになに一つ返せていなければ、もてなしを受ける価値もない。そんな現状に甘んじていていいはずがなかった。
 だから芹香は、聞いていた約束の一年だけと心に決めて日々を暮らしてきた。
 そして明日で約束の一年が終わる今日、芹香はとうとう離縁を申し出たのだ。

 祠に向かって叫んでも霊狐に届くかどうかなんてわからない。
 だけど叫ばずにはいられなかった。

「霊狐さま! 今日でちょうどお約束の一年となります。 明日までにお姿をお見せ下さらないようでしたら、わたくし芹香は離縁させて頂きとうございます!」
「──それは困る」

 突然降ってきた男性の声に、万感の思いで振り向いた芹香はきょとんと目を丸くする。
 確かに後ろから聞こえてきたはずなのに、そこには見知った世津と葉奈、そして紫苑しかいない。

「い、今……声が、したわよね……?」

 尋ねるが、二人は気まずそうに目くばせするだけで煮え切らない。
 そんな二人の態度にも、芹香は腹の底から沸々と怒りのような熱を持った感情が沸いてくるのを感じた。

 もう一年……、そう、もう一年だ。

 子狐だった紫苑はいつの間にか芹香の背丈まで成長した。それだけの月日が流れたのだ。
 なのに未だに姿を見せない霊狐にも、なに一つ教えてくれない二人にもやるせない思いで一杯だった。

 ぐっと拳を握りしめた時、「ここだ」ともう一度声がした。
 今度ははっきりと耳に届いた声を辿った先は──……
 
「紫苑……?」と芹香は目を(しばたた)かせる。

 そんな芹香を紫苑はまっすぐ見つめていた。その美しい顔をこちらに向けて。ゆらゆらと輝く琥珀色の瞳に吸い込まれそうになった時、紫苑の姿が消えた。

「えっ」

 否、姿が変わったのだ。それも一瞬で。さっきまで狐の紫苑がいた場所には、世津と葉奈と同じ狐耳のついた人の姿の美青年がいた。白金の長髪と琥珀色の瞳は、紫苑のそれと全く同じで。

「えっ……し、紫苑? 人の姿になれたの……? それに言葉も……」

 今聞かなくてはいけないことは、もっと別のことなのに、芹香の口からはそんなどうでもいい質問しか出てこない。

 ま、まさか。
 いや、まさかまさか、そんな……。