きみのたったひとつの光にになれますように

僕は、幼い頃は至って普通の生活を送っていた。むしろ、普通よりも幸せだった。毎日三食、食べれるし、暖かいお風呂には入れるし、フカフカな布団で寝れていた。時には、旅行したり、自分の欲しいものを買ってもらったりもした。両親は、僕に優しかった。僕はとても幸せだった。これからも、この幸せが当たり前に続くと思ってた。
でも、その幸せはすぐ終わりが来た。僕が小学四年生くらいの時、弟が生まれてから、両親は変わってしまった。母親は、四六時中弟の面倒を見ていて、僕のことなど一切見てくれなかった。父親は、働いて貯めたお金を全て弟のために使った。僕には何もくれなかった。父も母も、まるで僕のことが見えてないみたいに。当時まだ幼かった僕は、突然両親が構ってくれなくなって、すごく悲しかったことは覚えている。でも、両親がなぜあんなことになってしまったのかはよく分からなかった。やがて、しばらくすると、僕に対する扱いはもっと酷くなった。弟は一日三食、ご飯を食べさせてもらっている中、僕には一日一食しか出されず、毎日お腹を空かせていた。時には何も用意されない時もあって、僕は常に栄養失調状態だった。お風呂にもほとんど入らせて貰えなかった。僕が部屋に閉じこもっていると、突然家の外に連れて行かれて、
「あんたがいなかったら私達はもっと楽だったのに!!邪魔なんだよ!!」
まだ幼かった僕はただ、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と、ただ謝ることしか出来なかった。
中学生になっても、その状況は変わらなかった。両親は、教育費を払ってくれず、学校に通うことが出来なかった。学校側から何度か電話が掛かってきたこともあったが、両親は無言で断ち切った。僕は中学校に通わせて貰えなかった。食事は、一日一食じゃ中学生の僕には足りなかったので、ゴミ捨て場で捨てられていた残飯を食べてなんとか空腹をしのいだ。夜になると、毎晩、外に追い出されるようになった。夏の暑い日は、蒸し暑くて虫の音がうるさく、冬の寒い日は空から降り積もる雪を見つめながら眠った。
『あぁ、死にたいな』
そう思う日々だった。そしてある日を境に、心の糸がプツンと切れた音がした。僕は完全に感情を失ってしまった。なにも、辛くなくなった。まるで海をただ彷徨う海月のように。毎日をただ生きていただけだった。高校生になると、家を追い出された。別に追い出されても、特に嫌なことはなかったが、食事とお風呂と睡眠には困った。ある日、いつものようにゴミ捨て場に捨てられていた残飯を食べていると、誰かに声を掛けられた。見ると、そこには年老いたおじいちゃんが立っていた。そのおじいちゃんはとても優しく、
「うちに来んかねぇ」
と言って、家に入れてくれた。そのおじいちゃんは美味しいご飯を食べさせてくれて、暖かいお風呂に入らせてくれて、フカフカの布団で寝かせてくれた。そのあまりにも幸せな事に、涙が止まらなかった。おじいちゃんは、僕が泣き止むまで、ずっと見守っていてくれて、僕の今までの話を真剣に聞いてくれた。話をすると、おじいちゃんは、
「これからうちに居なさい」
と言ってくれて、暖かく迎えてくれた。久しぶりの幸せに、僕は少しずつ失った感情を取り戻していった。
でも、やっぱり幸せには終わりがあるようだ。おじいちゃんと暮らすようになってから五ヶ月ほど経った頃、おじいちゃんはある日突然、脳梗塞で亡くなってしまった。僕はあまりのショックで涙すら出なかった。僕に唯一優しくしてくれた、この世にたった一人の人間が、あの世に逝ってしまった。僕はもう、どうすればいいのか分からなかった。
「あぁ、死にたいなぁぁぁぁぁぁ」
声を上げて泣いた。久しぶりに出たその言葉は、もう僕にとっては希望でしかなかった。そのときの僕にとっての希望は、もう死ぬことだけしかなかった。すでに限界だった。僕の心は、何年も前からどこかに捨ててきたはずだ。いつのまにか、僕は走っていた。ただ走り続けていた。その時の記憶は、ほとんど無い。どれくらい経ったのか、僕は見知らぬ町に来てきた。僕は走ることを止めた。止めた瞬間、おじいちゃんの事を思い出してしまい、また泣いた。