虐げられ令嬢は恋を知る~今さら執着されても遅いですよ元婚約者様~

 ピチョン…ピチョン……ピチョン。

「……ん」

 顔に冷たい滴が落ちてたことで意識が浮上、薄らと目を開けた。

 冷たい……暗い……ここは……?

 辺りは暗く、冷たい壁に囲まれている。むせ返りそうなほどの甘い匂いが充満して不快。重たい体を起こそうとしたが、手足が拘束されていて起き上がれない事に気がついた。

「ん!?」

 助けを呼ぼうと声を出そうとしたが、口枷をされていて声も出せない。恐怖に不安と困惑。必死にもがいてみるが、外れる様子は無い。

「目は覚めたか?」

 声のした方へ顔を向ければ、下卑た笑みを浮かべたオーウェンが視界に入ってきた。

「まったく手間ばかりかけさせやがって……まあ、いい。今の僕は最高に気分がいいんでね。少しぐらいは優しくしてやるよ」

 何を言っているのか分からないが、あまりいい感じではないことだけは分かる。

「ん?なんだその生意気な眼は。自分の置かれてる状況が分らんのか?」
「─ッ!」

 蔑む目を向けながら首を絞めつけて来た。口を塞がれていることもあり、息が続かず苦しみに涙を浮かべて苦悶の表情を浮かべるネルを見たオーウェンは恍惚感を感じていた。

「ああ、いいな。その表情(かお)、最高にそそるじゃん。見て、こんなに興奮してる」

 オーウェンは息を荒くしながら、中足のふくらみを見せつけるようにネルの目の前に立った。ネルはヒュッと息を飲み、全身の血の気を引かせた。

「すごいだろ?父様が裏で入手した薬なんだって。今この場に焚かれてる香も()()()()だってよ。良かったな。最高な快楽を愉しめるぞ」

 目が覚めた時から匂っていた甘い匂いはそう言う事かと納得できてしまった。こんな時でもまず解釈してしまう自分が憎い。

「そろそろ、お前も効いてきたんじゃないのか?」
「ッ!」

 オーウェンに頬を撫でられただけで、電気が走ったように身体が跳ねた。

「あはははは!いい反応だな」

 嫌なのに、身体が言う事を効かない。自分の身体じゃないみたいですごく不快で汚らわしい。

(ヴィクトル様……)

 こんな自分、ヴィクトルに見られたくないのに縋ってしまう。涙がとめどなく溢れてくる。オーウェンに対する恐怖なのか、ヴィクトルに軽蔑される恐怖なのか……どちらなのかもう分からない。

「さて、愉しませてくれよ?」


 ***


 ヴィクトルは馬でフォークナー男爵邸まで来ると、扉を勢いよく開けた。

「男爵!何処にいる!」

 戸惑う使用人など気にもせず、大声で主人を呼びつけた。

「何ですか、騒がしい……おや、団長様ではありませんか。どうしたんです?」

 まるで何も知らないと言ったような口ぶりで顔を出してきた男爵に、ヴィクトルは怒りを抑えつつ冷静を装いつつ言葉を続けた。

「ネル……オルドリッジ令嬢が何者かに連れ去られた」
「ほお、それは物騒ですな」

 他人事のように言う男爵に苛立ちが募る。

「……男爵の子息は何処に?」
「まさかと思いますが、私の息子を疑っておりますか?愚息とはいえ、そんな悪に手を染めるような子ではありません」
「そう言うなら、本人を出してもらおう」
「すみません。息子は今私の使いで留守にしているんです。そうですね……明日の朝には戻って来るかと」

 ニヤッと口端を吊り上げながら言う、男爵にヴィクトルの我慢も限界を迎えた。

「いい加減にしろ!お前らがやったことだろう!ネルを何処へやった!」
「は、ははは、証拠もないのに、犯人呼ばわりですか?随分と横柄な態度ですね。この国の騎士はこんなにも乱暴なんですか?」
「くッ!」

 胸倉を掴みながら怒鳴りつけるが、男爵はヘラつきながらこちらを非難してくる。確かに証拠はない。だが、こいつらが関わっている事は間違いない。

(このままでは一方通行だな)

 簡単には口は開かないだろう。こうしている間にもネルに危険が迫っていると思うと、男爵など相手にしていられなかった。しかし、手掛かりが何もない。

 ヴィクトルは苛立ちと悔しさでギリッと唇を噛みしめた。その様子に、男爵はほくそ笑んだ。

「団長!」
「ランドルフ!」

 声がした方に顔を向ければ、ランドルフが馬から降りてこちらに駆け寄ってくるところだった。

「ネル嬢の居場所が分かりました!」
「!!」
「なに!」

 聞けば、ネルを攫った男が大金を手にしたと酒場で自慢しているのを、たまたま非番の騎士が耳してランドルフへ報告したらしかった。

「――男爵、貴方にも話を聞かせて頂きたい」

 ランドルフが目を光らせて詰め寄れば、男爵は顔を青ざめ狼狽えだした。

「わ、私は知らんぞ!私は無関係だ!」
「それは話を伺ってからこちらが決める事です」
「おい!離せ!私を誰だと思ってる!金か!金が欲しいのか!?」

 騎士に拘束されても尚、抵抗する男爵にランドルフは呆れるように溜息を吐きながらヴィクトルに向き合った。

「ここは私に任せて貴方はネル嬢の元へ。急いでください」
「ああ、すまん」
「……ヴィクトル」

 真剣な声色に足を止め、振り返った。

「攫った男は報酬として金と一緒に違法な薬も貰っていたようです。子息から貰ったものだと供述していることからもしかしたら……」

 ランドルフの言葉を聞き、拳を強く握りしめた。

 ネルが連れ去られてから数時間経っている。ランドルフが言いたいのは、ネルの純潔はすでに奪われている可能性があると言うのだろう。無理やり行為に及び、男という生物にトラウマを植え付けられ、俺すらも恐怖の対象になるかもしれない。

(それでも……)

「大丈夫だ。……覚悟はできてる」

 どんな結果になろうと、ネルを助ける。