柱:穂乃の部屋・昼過ぎ
穂乃がゆっくりと目を開ける。
穂乃(心の声)「朝……?」
カタカタと一定のリズムでキーを叩く音。
自分の部屋では聞き慣れない音に違和感。
視線を向けると、ローテーブルで煌斗がPCに向かっている。
穂乃(心の声)「あれ。なんで、煌斗さんが私の部屋に……?夢?」
寝ぼけたまま、その背中をじっと見つめる。
スーツのジャケットは椅子にかけられ、白シャツの袖が整然とまくり上げられている。
横顔は仕事モードで、集中している様子。
少しずつ意識がはっきりしていくと、昨日の記憶が断片的に浮かぶ。
穂乃(心の声)「あれ、私スノボは……?そういえば出発する前、教科書散らかしてたっけ」
穂乃「あ、服も出しっぱなし!」※開けっぱなしのクローゼットを思い出し焦ったように飛び起きる。
勢いよく起き上がった瞬間、ズキン、と強い痛みが走り眉を寄せる。
穂乃「っ……」
その小さな声に、煌斗がすぐ振り向く。
煌斗「穂乃ちゃん!?急に起きたらだめだよ。どうしたの」
穂乃「す、すみません……。あの、なんで煌斗さん……」
煌斗「着いてからまだ1時間くらいだよ。全然熱下がってない。もうちょっと横になって」
ゆっくりと穂乃の肩に手を添え、再びベッドへ寝かせる。
穂乃「いや、でも、お茶とか。お菓子とか」
煌斗「何言ってんの」※呆れたように笑う
額にそっと手のひらを添え、温度を確かめるように撫でる。
穂乃(心の声)「あ、煌斗さんの手、大きくて冷たい」
穂乃の緊張がほどけ、安心したようにまぶたが落ちていく。
穂乃「冷たくて、気持ちいい」
そのまま再び眠りにつく。
柱:穂乃の部屋・夕方
穂乃が再びゆっくり目を開ける。
熱で重かったまぶたが、少し軽くなっている。
すぐ近くで、椅子を引く微かな音。
煌斗がこちらへ向き直る。
テーブルには、コンビニの袋。
ポカリスエットと、小さなおかゆの容器が並んでいる。
煌斗「穂乃ちゃん。体調どう?おかゆ買ってきたけど」
穂乃「すみません、ありがとうございます」
煌斗はおかゆのフタを開け、スプーンで少しすくう。
ふっ、と小さく息を吹きかけて冷ます。
そっと差し出され、穂乃はびくっと肩を揺らす。
穂乃「自分で食べます!」
煌斗「いいよ。ほら、口開けて」
穂乃「……っ」※観念して、小さく口を開ける。
恥ずかしくて頬が真っ赤に染まる。
喉につかえて咳き込んでしまう。
穂乃「……っ、けほっ……ご、ごめんなさい……」
煌斗「あ、大丈夫……?しんどいよね」※背中をさすりながら。子供をあやすように優しい声
穂乃「子ども扱い、嫌です……」※小さく唇を尖らせる
煌斗「はは、ちょっと元気出てきたみたいでよかった」※驚いた後笑う
熱は37.2。解熱剤がきいて体調も楽に。穂乃は上体を起こす。
穂乃はベッドの上で毛布にくるまっている。
穂乃「すみません、お仕事もあるのに……ずっとそばにいてくれたんですよね……」
煌斗「なんで謝るの。俺がいたいからいたんだよ。それに、溜まってた事務仕事全部終わっちゃった。穂乃ちゃんのおかげ」
その柔らかい声に、胸がじんと熱くなる。
穂乃(心の声)「本当に優しい。改めて、この人が彼氏だなんて不思議すぎるくらいに」
煌斗はパソコンを片付けながら話を続ける。
煌斗「コテージ、風邪ひいちゃうほど楽しかった?」
少しからかうような優しい口調。
穂乃(心の声)「また子ども扱い……」※穂乃は視線を落とす。
穂乃(モノローグ)『確かに、すごく楽しかった。みんなで鍋を食べて、焚き火を囲んで笑って。普段ならしないような、なんでもない話で盛り上がって、みんなのことをもっと知れた』
回想としてみんなで鍋を囲む一コマ。
穂乃(モノローグ)『夕陽とは特に、これまで誰にも話したことのない将来の夢や、家族のことまで打ち明けて。夕陽の目標も近いことを知って……なんだか嬉しかった』
夕陽が穂乃にマフラーを巻いた瞬間の一コマ。
思い出に浸る穂乃を、煌斗がじっと見つめている。
穂乃「すっごく楽しかったです」
煌斗「そっか」
穂乃「みんな優しくて、大好きな友達なんですよ。また紹介させてください。愛は会ったことありますよね」
煌斗はふっと視線を落とし、黙り込む。
穂乃「……?」
煌斗「送ってくれた、夕陽くんにも会ったよ。優しそうな子だったよね。可愛らしくて」
いつもと少し雰囲気の違う声音。
穂乃は一瞬だけ不思議に思いながらも、微笑んで肯定する。
穂乃「はい。優しいです。夕陽、私と同じで在宅介護を目標にしてるんです!心強い同期です!」
嬉しくて口にする穂乃。幸せそうな笑顔。
煌斗はその表情をじっと見つめ、ふっと口元を上げる。
煌斗「ふーん……ちょっと妬けるな」
穂乃「えっ、あ、ち、違いますよ!そういうのじゃ……!」
煌斗「だって穂乃ちゃん、俺にはそういうの言ってくれないじゃん」
穂乃「だ、だって……煌斗さんは大人だし、選んで言うところなんてないくらい……全部が完璧で……」
少し視線を逸らしながら言う穂乃。
煌斗の目がわずかに細まる。
煌斗「夕陽くんに、どきどきしたりしてないよね?」
穂乃「え……」※胸の奥に、ふっと夕陽の笑顔が浮かぶ。落ちてくるボウルから守ってくれた瞬間の近い距離が思い出される。
思い当たる節があり、言葉が詰まる。その間に煌斗は気付く。
煌斗「穂乃ちゃん、嘘つけないんだなぁ……」※大人で含みのある意地悪な顔。
穂乃の顔が青ざめる。
穂乃(心の声)「私最低だ……!」
煌斗(心の声)「焦ってるとこも可愛い。ちょっとイタズラ」
煌斗はゆっくりと身を寄せ、穂乃の首に手を添える。
指先が耳にふれ、肌をなぞるような距離。
穂乃「……っ……あ、あの……」※驚いてどうしていいかわからない。
煌斗「あー俺、夕陽くんに嫉妬してるのかも。こんなの、大人っぽくなくて嫌?」
穂乃の鼓動が早くなる。
ドキドキして、苦しくて、でも、嫌じゃない。
穂乃(モノローグ)『耳元で囁かれる煌斗の声が、体温をさらに上げる』
煌斗の手が耳裏に触れて、肩がビクッと跳ねた。
初めての感覚に顔を真っ赤にして目を閉じる穂乃。
穂乃(心の声)「こ、こんなのもう耐えられない!」
穂乃はぶんぶんと勢いよく首を振る。
あまりの勢いに、煌斗は驚いたように手を離して距離をとる。
穂乃「あ、あの違います!!」
煌斗「え?」※勢いに驚いて目をまんまるに
穂乃「た、確かに……私は男の子に慣れてないから、ほんの少し、夕陽にもドキドキしちゃったかもしれないけど……でも……!」
真っ赤になった目が潤み、必死に言葉を絞り出す。
穂乃「こんなに苦しいくらいドキドキするのは、煌斗さんだけです!」
数秒、空気が止まる。
煌斗は驚いたように目を見開き、ほんの少しだけ視線をそらして肩を揺らす。
笑い出した煌斗に穂乃はキョトンとした顔
煌斗「ふふ……素直すぎ。そういうところも、かわいい」
穂乃「煌斗さん、怒ってない……?」
煌斗(心の声)「ああ、怒ってると思ったのか」※おかしそうに笑う
煌斗「怒ってないよ。ちょっとイタズラ心」
穂乃「な、なにそれ!ひどいです!」※ぶわっと顔を赤くしてそっぽを向く
再び穂乃の方へ体を向け、両腕を伸ばして穂乃の肩をそっと包む。
煌斗はゆっくりと距離を詰めていく。
顔が近づく。ほんの息が触れる距離。
穂乃「……っ!」
穂乃が自身の両手で口元をぱっと覆う。
穂乃「熱、熱だからだめです!」
穂乃の耳まで真っ赤。
煌斗は一瞬固まり、心底おかしそうに笑う。
煌斗はわざと意地悪に顔を近づけ、穂乃の手にそっと触れながら囁く。
煌斗「熱じゃなかったら、いいの?」
穂乃「っ……〜〜〜……!」※言葉にならず、全身が熱くなる。
可愛いと思う気持ちをだだ漏れに煌斗は目を細める。
そして、頬にやさしくちゅ、とキス。
穂乃「……っ……」
そのまま固まってしまう穂乃が愛おしくてたまらないと言った様子で、煌斗は楽しそうに距離をとる。
煌斗「じゃあ続きは、風邪が治ったら」
その声音は優しいのに、どこか余裕があって大人びている。
穂乃の胸は、もうどうしようもないほど高鳴っていた。
煌斗「無理させたね。……もう少し寝な」
ベッドに寝かされて、布団をかけられる。
視線はやわらかいが、どこか悪戯っぽさが混じる。
煌斗の優しい視線を感じながらうとうとし始める穂乃。
手は繋がれていて、安心する。
しばらくして煌斗のスマホのブザーが響く。
手がそっと離れていき、小声で電話にでた煌斗。
寝たフリをする穂乃のまぶたがぴくりと動く。
キッチンの方へ立ち上がり声は遠くなるけれど聞こえる。
煌斗「今日在宅にしたんすけど……えー……」
さっきまでとはまるで違う、年相応の無防備な喋り方。
穂乃(心の声)『こんな声、初めて聞いた……』
※目を開けてこっそりとキッチンの方を見る。
背を向けて話している煌斗。斜め後ろからでわからないけど、口角が上がっているようにも見える。
ぼんやりしていたはずの意識が一気に冴える。
電話に出た瞬間。ほんの微かに聞こえた声は、女性のものだった。
煌斗「わっかりましたよ、行きますって……はいはい」
本気で気を許しているような軽いやり取り。
穂乃(心の声)「仕事の人?前の電話の時と全然違う。私、煌斗さんが仕事でどんな人と関わってるのか、なにも知らない……」
電話を切った煌斗が、穂乃の様子をそっと覗く。
穂乃は慌てて目を閉じ、寝たふりをする。
煌斗「お大事にね」
ふわりと前髪を撫でる指が、優しい。
そのまま、煌斗は荷物を片付け静かに部屋を出ていった。
穂乃(モノローグ)『本当は、行ってほしくなかった。でもそんなこと言うの子供みたいで。仕事に行かないでなんて、煌斗さんの邪魔をするみたいで、言えるわけなかった』
柱:穂乃の部屋・夜
玄関の扉が閉まる音。
穂乃は目を開け、スマホを開いた。
無意味に触れるメッセージアプリ。
その直後にスマホが震える。
画面には煌斗からのメッセージ。
〈仕事の連絡が来たから帰るね。夜中でも、もし心細くなったら電話しておいで〉
読むだけで胸が温かくなるような言葉。
穂乃(心の声)「こんな優しい言葉を自然にかけられるなんて……やっぱり煌斗さんは完璧な人」
枕元にスマホを置き、天井を見上げる。
穂乃(心の声)「やっぱり、私を選ぶなんて不思議すぎるよ。どうしてなんだろう」
電話の向こうの女性の声がふと脳裏に蘇る。
穂乃(心の声)「あの女性は、私の知らない煌斗さんを知ってる。あんな風に気を抜いた話し方をさせられる」
胸の奥がざわざわと揺れ、深い不安が広がり始める。
穂乃はスマホを掴むと、衝動的に検索窓を開いた。
〈離したくない彼女 特徴〉
〈年上彼氏 付き合い方〉
関連記事に、スクロールは止まらない。
時間だけがすぎていく時計と穂乃の部屋のカット。
時間の感覚が曖昧になるころ、体がふらりと揺れた。
穂乃「……あれ、頭……いた……」
熱がぶり返した穂乃。
そのまま一週間寝込むことに。
穂乃(モノローグ)『体が辛いときほど、孤独と不安は膨らんでいく』
ベッドの上から部屋に飾られた祖母の写真に視線が向く。
柔らかく笑う、すみれのような人。
穂乃(モノローグ)『おばあちゃんのために、頑張るって決めたでしょ。こんなことで弱気になって体調崩してる場合じゃないよ……しっかりしろ、私……』
写真の中の優しい笑顔に向かって、小さく息を吐く。
でも、不安は消えないまま。
穂乃は枕を強く抱きしめながら、ゆっくりと目を閉じた。
柱:商社・会議室・午前
ガラス張りの広い会議室。
長机の上に整然と配置された資料。
モニターには《新規介護ベッド:在宅・施設向けモデル/提案資料》。
照明が落ち、プロジェクターの光だけが煌斗の横顔を照らす。
煌斗「こちらのベッドは、段階的な自動体位変換を採用しています。夜間の家族介助を想定し、介助者の腰痛リスク軽減を重視しました」※前に立って説明する煌斗
クライアント「確かに、夜間の介護は負担が大きいですからね」※資料を見ながら頷く
スライドが切り替わる。
《離床センサー/転倒リスク25%減》
《腰痛リスク36%軽減》
数値で示された魅力に、クライアントから感嘆の声が漏れる。
クライアント「さすが神谷さん。今回も魅力的です」
煌斗「ありがとうございます。それでは佐伯に引き継ぎます」
佐伯が資料を持って前に出る。
クライアントの視線が一斉に彼女へ。
佐伯「では、私から導入後の運用シミュレーションについて説明させてください」※落ち着いた大人の声。
落ち着いたブラウンのロングヘアを後ろでまとめた女性。
ピタッとした綺麗なニットにジャケットを合わせた大人っぽいスタイル。上品なメイク。
佐伯「以上のように、導入コストは補助金の対象になるため貴社の負担は大幅に下がります」
煌斗「もちろん、アフターサポートは全てこちらで」
佐伯「必要であれば導入時の研修も同行可能です」
会議室に流れる、息の合ったテンポ。
クライアント「これは、ぜひお話を進めたいですね」
煌斗・佐伯「ありがとうございます」深々とお辞儀
柱:商社オフィス・会議室を出た自席・午前
チームメイトが働く普段のオフィスに戻り、煌斗は深く息を吐く。
隣の席で、同じように一息ついた様子で荷物をおいた佐伯と目が合う。
佐伯「神谷、助かった。ありがとう」
彼女が軽く笑っただけで空気が華やぐ。
煌斗(モノローグ)『佐伯さんは、2つ上の先輩。新卒で入ったばかりの頃、顧客対応から資料作成まで仕事の基本を叩き込んでくれた直属の指導役だ』
煌斗「佐伯さんこそお疲れ様でした」※席に座りながら
煌斗(モノローグ)『同じチームで肩を並べて仕事をする機会が増えた今も、彼女には頭が上がらない』
佐伯「本当に今回ばかりは助かった。この前、在宅だったのに呼び出してごめんね」※一仕事終えて清々しそうな笑顔
煌斗「いつものことじゃないすか。仕事持ちすぎなんすよ佐伯さんは」
佐伯「神谷に言われたくないけどね」
明るく笑う佐伯。煌斗も少し口角を上げる。
煌斗(モノローグ)『お互いに役職が上がり部下を持つようになった今、チームメンバーのフォローやクライアントの把握などやるべきことが格段に増えた』
メンバーに話しかけられて書類のチェックを受け取る佐伯を横目に見る。
煌斗(モノローグ)『あの日、穂乃の部屋にいたときのあの電話は「資料が間に合わないから、今から合流して一緒にやろう」という連絡だった』
数人の同僚や後輩がひそひそ声を漏らす声が聞こえてくる
「また新規契約とったってよ、神谷さんと佐伯さん」
「やば。さすがだな〜。最強のペアだもんな」
「てかさ……付き合ってるって噂もあるよね?」
煌斗は軽く目を伏せて苦笑。
同時に佐伯はため息混じりに肩をすくめる。
ふと視線が合い、どちらともなく同時に立ち上がる。
そのまま並んでフロアを出る。噂を聞かないふりで。
柱:喫煙場所のベランダ
冬の風に吹かれながら、佐伯はスーツの胸ポケットから電子タバコを取り出す。
煌斗も同じ銘柄を取り出す。
しばし無言。仕事の熱が少しだけ冷める時間。
佐伯「恋仲で噂されるのは、気まずいね〜」
煌斗「っすね〜」
二人とも吹き出す。
仕事用の顔じゃない、素の笑い。
佐伯「あの日。連絡した時、大丈夫だった?なんかいつもと違ったよね」
煌斗「ああ、彼女が熱出してて。寝てたから、小声で話してたんです」※煙を吐きながら
佐伯「え、そうだったんだ。ごめんね、そんな時に呼び出して」
煌斗「いや、あのモードの佐伯さんの呼び出しは……断れないっすよ」
佐伯「断ってよ。うちらの仲じゃん」
煌斗「恋仲っすか?」※冗談を言って笑いあう
佐伯、思わず吹き出す。
肩がわずかに触れる距離で並んで立つ。
噂が立つのも仕方ないほど自然な大人同士の距離感。
煌斗のスマホが震える。
画面には穂乃からのメッセージが映る。
《2月から実習が始まるので、あまり会えないかもしれないです。ごめんなさい》
煌斗の眉が、わずかに寄る。
佐伯「どうしたの?珍しい顔して」※タバコをくゆらせながら
煌斗「いや……なんでもないです」
佐伯「やめてよ適当な「なんでもない」。気分悪いから。で、彼女?」
サバサバと切り捨てていく佐伯。
煌斗は苦笑しながら煙を吐いた。
煌斗「まあ、はい」
佐伯「聞くよ?」
その言い方は仕事の時よりずっと柔らかく、先輩とも友人とも違うふたり特有の信頼関係を感じさせる。
煌斗は柵に肘を預け、ゆっくり口を開く。
煌斗「最近、なんとなくそっけないんすよね」
佐伯「そっけない?」
煌斗「前みたいに、明るい感じじゃなくて」
煌斗はスマホを見る。
佐伯は「ふーん」と小さく相槌。
煌斗「電話してみても、課題があるからって断られることが増えて。どうしたのか聞いても、まあ言うタイプじゃないし」
佐伯の動きが止まる。煌斗は、違和感を感じて振り返る。
佐伯「課題って、なに、資格の勉強でもしてるの?」
煌斗「大学の課題です。彼女、学生なので」
佐伯「学生?」煙の間で、佐伯の目がわずかに開く。
佐伯(心の声)「そりゃ価値観が合わなくて当然でしょ」
ため息を誤魔化すように煙を吐き出す佐伯。
佐伯「学生なら時間も生活リズムも違うでしょ。合わなくて当然よ」
煌斗「まあ、それはそうっすよね」※穂乃を気にかけて上の空の返事
佐伯「仕事に影響が出る恋は、やめてよね」
心配しているような表情。大人だからこその、真っ直ぐな言葉。
煌斗「出しませんよ」
佐伯「神谷のことは疑ってないよ。学生の恋愛と社会人の恋愛じゃかける時間の密度が違うでしょう。彼女に合わせてたら、苦しくなるよってこと」
その言葉には職場のパートナーとしての信頼が滲む。
同時に、彼女が学生であることに対する微かな嫌悪感が確実にあった。
第6話終
穂乃がゆっくりと目を開ける。
穂乃(心の声)「朝……?」
カタカタと一定のリズムでキーを叩く音。
自分の部屋では聞き慣れない音に違和感。
視線を向けると、ローテーブルで煌斗がPCに向かっている。
穂乃(心の声)「あれ。なんで、煌斗さんが私の部屋に……?夢?」
寝ぼけたまま、その背中をじっと見つめる。
スーツのジャケットは椅子にかけられ、白シャツの袖が整然とまくり上げられている。
横顔は仕事モードで、集中している様子。
少しずつ意識がはっきりしていくと、昨日の記憶が断片的に浮かぶ。
穂乃(心の声)「あれ、私スノボは……?そういえば出発する前、教科書散らかしてたっけ」
穂乃「あ、服も出しっぱなし!」※開けっぱなしのクローゼットを思い出し焦ったように飛び起きる。
勢いよく起き上がった瞬間、ズキン、と強い痛みが走り眉を寄せる。
穂乃「っ……」
その小さな声に、煌斗がすぐ振り向く。
煌斗「穂乃ちゃん!?急に起きたらだめだよ。どうしたの」
穂乃「す、すみません……。あの、なんで煌斗さん……」
煌斗「着いてからまだ1時間くらいだよ。全然熱下がってない。もうちょっと横になって」
ゆっくりと穂乃の肩に手を添え、再びベッドへ寝かせる。
穂乃「いや、でも、お茶とか。お菓子とか」
煌斗「何言ってんの」※呆れたように笑う
額にそっと手のひらを添え、温度を確かめるように撫でる。
穂乃(心の声)「あ、煌斗さんの手、大きくて冷たい」
穂乃の緊張がほどけ、安心したようにまぶたが落ちていく。
穂乃「冷たくて、気持ちいい」
そのまま再び眠りにつく。
柱:穂乃の部屋・夕方
穂乃が再びゆっくり目を開ける。
熱で重かったまぶたが、少し軽くなっている。
すぐ近くで、椅子を引く微かな音。
煌斗がこちらへ向き直る。
テーブルには、コンビニの袋。
ポカリスエットと、小さなおかゆの容器が並んでいる。
煌斗「穂乃ちゃん。体調どう?おかゆ買ってきたけど」
穂乃「すみません、ありがとうございます」
煌斗はおかゆのフタを開け、スプーンで少しすくう。
ふっ、と小さく息を吹きかけて冷ます。
そっと差し出され、穂乃はびくっと肩を揺らす。
穂乃「自分で食べます!」
煌斗「いいよ。ほら、口開けて」
穂乃「……っ」※観念して、小さく口を開ける。
恥ずかしくて頬が真っ赤に染まる。
喉につかえて咳き込んでしまう。
穂乃「……っ、けほっ……ご、ごめんなさい……」
煌斗「あ、大丈夫……?しんどいよね」※背中をさすりながら。子供をあやすように優しい声
穂乃「子ども扱い、嫌です……」※小さく唇を尖らせる
煌斗「はは、ちょっと元気出てきたみたいでよかった」※驚いた後笑う
熱は37.2。解熱剤がきいて体調も楽に。穂乃は上体を起こす。
穂乃はベッドの上で毛布にくるまっている。
穂乃「すみません、お仕事もあるのに……ずっとそばにいてくれたんですよね……」
煌斗「なんで謝るの。俺がいたいからいたんだよ。それに、溜まってた事務仕事全部終わっちゃった。穂乃ちゃんのおかげ」
その柔らかい声に、胸がじんと熱くなる。
穂乃(心の声)「本当に優しい。改めて、この人が彼氏だなんて不思議すぎるくらいに」
煌斗はパソコンを片付けながら話を続ける。
煌斗「コテージ、風邪ひいちゃうほど楽しかった?」
少しからかうような優しい口調。
穂乃(心の声)「また子ども扱い……」※穂乃は視線を落とす。
穂乃(モノローグ)『確かに、すごく楽しかった。みんなで鍋を食べて、焚き火を囲んで笑って。普段ならしないような、なんでもない話で盛り上がって、みんなのことをもっと知れた』
回想としてみんなで鍋を囲む一コマ。
穂乃(モノローグ)『夕陽とは特に、これまで誰にも話したことのない将来の夢や、家族のことまで打ち明けて。夕陽の目標も近いことを知って……なんだか嬉しかった』
夕陽が穂乃にマフラーを巻いた瞬間の一コマ。
思い出に浸る穂乃を、煌斗がじっと見つめている。
穂乃「すっごく楽しかったです」
煌斗「そっか」
穂乃「みんな優しくて、大好きな友達なんですよ。また紹介させてください。愛は会ったことありますよね」
煌斗はふっと視線を落とし、黙り込む。
穂乃「……?」
煌斗「送ってくれた、夕陽くんにも会ったよ。優しそうな子だったよね。可愛らしくて」
いつもと少し雰囲気の違う声音。
穂乃は一瞬だけ不思議に思いながらも、微笑んで肯定する。
穂乃「はい。優しいです。夕陽、私と同じで在宅介護を目標にしてるんです!心強い同期です!」
嬉しくて口にする穂乃。幸せそうな笑顔。
煌斗はその表情をじっと見つめ、ふっと口元を上げる。
煌斗「ふーん……ちょっと妬けるな」
穂乃「えっ、あ、ち、違いますよ!そういうのじゃ……!」
煌斗「だって穂乃ちゃん、俺にはそういうの言ってくれないじゃん」
穂乃「だ、だって……煌斗さんは大人だし、選んで言うところなんてないくらい……全部が完璧で……」
少し視線を逸らしながら言う穂乃。
煌斗の目がわずかに細まる。
煌斗「夕陽くんに、どきどきしたりしてないよね?」
穂乃「え……」※胸の奥に、ふっと夕陽の笑顔が浮かぶ。落ちてくるボウルから守ってくれた瞬間の近い距離が思い出される。
思い当たる節があり、言葉が詰まる。その間に煌斗は気付く。
煌斗「穂乃ちゃん、嘘つけないんだなぁ……」※大人で含みのある意地悪な顔。
穂乃の顔が青ざめる。
穂乃(心の声)「私最低だ……!」
煌斗(心の声)「焦ってるとこも可愛い。ちょっとイタズラ」
煌斗はゆっくりと身を寄せ、穂乃の首に手を添える。
指先が耳にふれ、肌をなぞるような距離。
穂乃「……っ……あ、あの……」※驚いてどうしていいかわからない。
煌斗「あー俺、夕陽くんに嫉妬してるのかも。こんなの、大人っぽくなくて嫌?」
穂乃の鼓動が早くなる。
ドキドキして、苦しくて、でも、嫌じゃない。
穂乃(モノローグ)『耳元で囁かれる煌斗の声が、体温をさらに上げる』
煌斗の手が耳裏に触れて、肩がビクッと跳ねた。
初めての感覚に顔を真っ赤にして目を閉じる穂乃。
穂乃(心の声)「こ、こんなのもう耐えられない!」
穂乃はぶんぶんと勢いよく首を振る。
あまりの勢いに、煌斗は驚いたように手を離して距離をとる。
穂乃「あ、あの違います!!」
煌斗「え?」※勢いに驚いて目をまんまるに
穂乃「た、確かに……私は男の子に慣れてないから、ほんの少し、夕陽にもドキドキしちゃったかもしれないけど……でも……!」
真っ赤になった目が潤み、必死に言葉を絞り出す。
穂乃「こんなに苦しいくらいドキドキするのは、煌斗さんだけです!」
数秒、空気が止まる。
煌斗は驚いたように目を見開き、ほんの少しだけ視線をそらして肩を揺らす。
笑い出した煌斗に穂乃はキョトンとした顔
煌斗「ふふ……素直すぎ。そういうところも、かわいい」
穂乃「煌斗さん、怒ってない……?」
煌斗(心の声)「ああ、怒ってると思ったのか」※おかしそうに笑う
煌斗「怒ってないよ。ちょっとイタズラ心」
穂乃「な、なにそれ!ひどいです!」※ぶわっと顔を赤くしてそっぽを向く
再び穂乃の方へ体を向け、両腕を伸ばして穂乃の肩をそっと包む。
煌斗はゆっくりと距離を詰めていく。
顔が近づく。ほんの息が触れる距離。
穂乃「……っ!」
穂乃が自身の両手で口元をぱっと覆う。
穂乃「熱、熱だからだめです!」
穂乃の耳まで真っ赤。
煌斗は一瞬固まり、心底おかしそうに笑う。
煌斗はわざと意地悪に顔を近づけ、穂乃の手にそっと触れながら囁く。
煌斗「熱じゃなかったら、いいの?」
穂乃「っ……〜〜〜……!」※言葉にならず、全身が熱くなる。
可愛いと思う気持ちをだだ漏れに煌斗は目を細める。
そして、頬にやさしくちゅ、とキス。
穂乃「……っ……」
そのまま固まってしまう穂乃が愛おしくてたまらないと言った様子で、煌斗は楽しそうに距離をとる。
煌斗「じゃあ続きは、風邪が治ったら」
その声音は優しいのに、どこか余裕があって大人びている。
穂乃の胸は、もうどうしようもないほど高鳴っていた。
煌斗「無理させたね。……もう少し寝な」
ベッドに寝かされて、布団をかけられる。
視線はやわらかいが、どこか悪戯っぽさが混じる。
煌斗の優しい視線を感じながらうとうとし始める穂乃。
手は繋がれていて、安心する。
しばらくして煌斗のスマホのブザーが響く。
手がそっと離れていき、小声で電話にでた煌斗。
寝たフリをする穂乃のまぶたがぴくりと動く。
キッチンの方へ立ち上がり声は遠くなるけれど聞こえる。
煌斗「今日在宅にしたんすけど……えー……」
さっきまでとはまるで違う、年相応の無防備な喋り方。
穂乃(心の声)『こんな声、初めて聞いた……』
※目を開けてこっそりとキッチンの方を見る。
背を向けて話している煌斗。斜め後ろからでわからないけど、口角が上がっているようにも見える。
ぼんやりしていたはずの意識が一気に冴える。
電話に出た瞬間。ほんの微かに聞こえた声は、女性のものだった。
煌斗「わっかりましたよ、行きますって……はいはい」
本気で気を許しているような軽いやり取り。
穂乃(心の声)「仕事の人?前の電話の時と全然違う。私、煌斗さんが仕事でどんな人と関わってるのか、なにも知らない……」
電話を切った煌斗が、穂乃の様子をそっと覗く。
穂乃は慌てて目を閉じ、寝たふりをする。
煌斗「お大事にね」
ふわりと前髪を撫でる指が、優しい。
そのまま、煌斗は荷物を片付け静かに部屋を出ていった。
穂乃(モノローグ)『本当は、行ってほしくなかった。でもそんなこと言うの子供みたいで。仕事に行かないでなんて、煌斗さんの邪魔をするみたいで、言えるわけなかった』
柱:穂乃の部屋・夜
玄関の扉が閉まる音。
穂乃は目を開け、スマホを開いた。
無意味に触れるメッセージアプリ。
その直後にスマホが震える。
画面には煌斗からのメッセージ。
〈仕事の連絡が来たから帰るね。夜中でも、もし心細くなったら電話しておいで〉
読むだけで胸が温かくなるような言葉。
穂乃(心の声)「こんな優しい言葉を自然にかけられるなんて……やっぱり煌斗さんは完璧な人」
枕元にスマホを置き、天井を見上げる。
穂乃(心の声)「やっぱり、私を選ぶなんて不思議すぎるよ。どうしてなんだろう」
電話の向こうの女性の声がふと脳裏に蘇る。
穂乃(心の声)「あの女性は、私の知らない煌斗さんを知ってる。あんな風に気を抜いた話し方をさせられる」
胸の奥がざわざわと揺れ、深い不安が広がり始める。
穂乃はスマホを掴むと、衝動的に検索窓を開いた。
〈離したくない彼女 特徴〉
〈年上彼氏 付き合い方〉
関連記事に、スクロールは止まらない。
時間だけがすぎていく時計と穂乃の部屋のカット。
時間の感覚が曖昧になるころ、体がふらりと揺れた。
穂乃「……あれ、頭……いた……」
熱がぶり返した穂乃。
そのまま一週間寝込むことに。
穂乃(モノローグ)『体が辛いときほど、孤独と不安は膨らんでいく』
ベッドの上から部屋に飾られた祖母の写真に視線が向く。
柔らかく笑う、すみれのような人。
穂乃(モノローグ)『おばあちゃんのために、頑張るって決めたでしょ。こんなことで弱気になって体調崩してる場合じゃないよ……しっかりしろ、私……』
写真の中の優しい笑顔に向かって、小さく息を吐く。
でも、不安は消えないまま。
穂乃は枕を強く抱きしめながら、ゆっくりと目を閉じた。
柱:商社・会議室・午前
ガラス張りの広い会議室。
長机の上に整然と配置された資料。
モニターには《新規介護ベッド:在宅・施設向けモデル/提案資料》。
照明が落ち、プロジェクターの光だけが煌斗の横顔を照らす。
煌斗「こちらのベッドは、段階的な自動体位変換を採用しています。夜間の家族介助を想定し、介助者の腰痛リスク軽減を重視しました」※前に立って説明する煌斗
クライアント「確かに、夜間の介護は負担が大きいですからね」※資料を見ながら頷く
スライドが切り替わる。
《離床センサー/転倒リスク25%減》
《腰痛リスク36%軽減》
数値で示された魅力に、クライアントから感嘆の声が漏れる。
クライアント「さすが神谷さん。今回も魅力的です」
煌斗「ありがとうございます。それでは佐伯に引き継ぎます」
佐伯が資料を持って前に出る。
クライアントの視線が一斉に彼女へ。
佐伯「では、私から導入後の運用シミュレーションについて説明させてください」※落ち着いた大人の声。
落ち着いたブラウンのロングヘアを後ろでまとめた女性。
ピタッとした綺麗なニットにジャケットを合わせた大人っぽいスタイル。上品なメイク。
佐伯「以上のように、導入コストは補助金の対象になるため貴社の負担は大幅に下がります」
煌斗「もちろん、アフターサポートは全てこちらで」
佐伯「必要であれば導入時の研修も同行可能です」
会議室に流れる、息の合ったテンポ。
クライアント「これは、ぜひお話を進めたいですね」
煌斗・佐伯「ありがとうございます」深々とお辞儀
柱:商社オフィス・会議室を出た自席・午前
チームメイトが働く普段のオフィスに戻り、煌斗は深く息を吐く。
隣の席で、同じように一息ついた様子で荷物をおいた佐伯と目が合う。
佐伯「神谷、助かった。ありがとう」
彼女が軽く笑っただけで空気が華やぐ。
煌斗(モノローグ)『佐伯さんは、2つ上の先輩。新卒で入ったばかりの頃、顧客対応から資料作成まで仕事の基本を叩き込んでくれた直属の指導役だ』
煌斗「佐伯さんこそお疲れ様でした」※席に座りながら
煌斗(モノローグ)『同じチームで肩を並べて仕事をする機会が増えた今も、彼女には頭が上がらない』
佐伯「本当に今回ばかりは助かった。この前、在宅だったのに呼び出してごめんね」※一仕事終えて清々しそうな笑顔
煌斗「いつものことじゃないすか。仕事持ちすぎなんすよ佐伯さんは」
佐伯「神谷に言われたくないけどね」
明るく笑う佐伯。煌斗も少し口角を上げる。
煌斗(モノローグ)『お互いに役職が上がり部下を持つようになった今、チームメンバーのフォローやクライアントの把握などやるべきことが格段に増えた』
メンバーに話しかけられて書類のチェックを受け取る佐伯を横目に見る。
煌斗(モノローグ)『あの日、穂乃の部屋にいたときのあの電話は「資料が間に合わないから、今から合流して一緒にやろう」という連絡だった』
数人の同僚や後輩がひそひそ声を漏らす声が聞こえてくる
「また新規契約とったってよ、神谷さんと佐伯さん」
「やば。さすがだな〜。最強のペアだもんな」
「てかさ……付き合ってるって噂もあるよね?」
煌斗は軽く目を伏せて苦笑。
同時に佐伯はため息混じりに肩をすくめる。
ふと視線が合い、どちらともなく同時に立ち上がる。
そのまま並んでフロアを出る。噂を聞かないふりで。
柱:喫煙場所のベランダ
冬の風に吹かれながら、佐伯はスーツの胸ポケットから電子タバコを取り出す。
煌斗も同じ銘柄を取り出す。
しばし無言。仕事の熱が少しだけ冷める時間。
佐伯「恋仲で噂されるのは、気まずいね〜」
煌斗「っすね〜」
二人とも吹き出す。
仕事用の顔じゃない、素の笑い。
佐伯「あの日。連絡した時、大丈夫だった?なんかいつもと違ったよね」
煌斗「ああ、彼女が熱出してて。寝てたから、小声で話してたんです」※煙を吐きながら
佐伯「え、そうだったんだ。ごめんね、そんな時に呼び出して」
煌斗「いや、あのモードの佐伯さんの呼び出しは……断れないっすよ」
佐伯「断ってよ。うちらの仲じゃん」
煌斗「恋仲っすか?」※冗談を言って笑いあう
佐伯、思わず吹き出す。
肩がわずかに触れる距離で並んで立つ。
噂が立つのも仕方ないほど自然な大人同士の距離感。
煌斗のスマホが震える。
画面には穂乃からのメッセージが映る。
《2月から実習が始まるので、あまり会えないかもしれないです。ごめんなさい》
煌斗の眉が、わずかに寄る。
佐伯「どうしたの?珍しい顔して」※タバコをくゆらせながら
煌斗「いや……なんでもないです」
佐伯「やめてよ適当な「なんでもない」。気分悪いから。で、彼女?」
サバサバと切り捨てていく佐伯。
煌斗は苦笑しながら煙を吐いた。
煌斗「まあ、はい」
佐伯「聞くよ?」
その言い方は仕事の時よりずっと柔らかく、先輩とも友人とも違うふたり特有の信頼関係を感じさせる。
煌斗は柵に肘を預け、ゆっくり口を開く。
煌斗「最近、なんとなくそっけないんすよね」
佐伯「そっけない?」
煌斗「前みたいに、明るい感じじゃなくて」
煌斗はスマホを見る。
佐伯は「ふーん」と小さく相槌。
煌斗「電話してみても、課題があるからって断られることが増えて。どうしたのか聞いても、まあ言うタイプじゃないし」
佐伯の動きが止まる。煌斗は、違和感を感じて振り返る。
佐伯「課題って、なに、資格の勉強でもしてるの?」
煌斗「大学の課題です。彼女、学生なので」
佐伯「学生?」煙の間で、佐伯の目がわずかに開く。
佐伯(心の声)「そりゃ価値観が合わなくて当然でしょ」
ため息を誤魔化すように煙を吐き出す佐伯。
佐伯「学生なら時間も生活リズムも違うでしょ。合わなくて当然よ」
煌斗「まあ、それはそうっすよね」※穂乃を気にかけて上の空の返事
佐伯「仕事に影響が出る恋は、やめてよね」
心配しているような表情。大人だからこその、真っ直ぐな言葉。
煌斗「出しませんよ」
佐伯「神谷のことは疑ってないよ。学生の恋愛と社会人の恋愛じゃかける時間の密度が違うでしょう。彼女に合わせてたら、苦しくなるよってこと」
その言葉には職場のパートナーとしての信頼が滲む。
同時に、彼女が学生であることに対する微かな嫌悪感が確実にあった。
第6話終



