穂乃(モノローグ)『生まれて初めての彼氏ができた。小さなどころか、浮いて飛べてしまうんじゃないかって思うくらい身体いっぱいの幸せを見つけた』
柱:大学・休み時間・教室内
授業が終わり、ざわめく教室。
穂乃はノートを閉じ、そっとスマホを取り出す。
画面には、煌斗からのメッセージ
《今週末、空いてる?》
スマホを胸元に押し当てる。
穂乃(心の声)「どうしよう……!今週末って、デート……?」
頬がほんのり色づく。
その様子に、隣の席の愛が気づいて顔を覗き込む。
愛「なになに〜?にやけてるけど?」
穂乃「え!?な、なにも!」※慌ててスマホを伏せるが、耳まで真っ赤。
愛「神谷さんでしょ〜〜?」
穂乃「ち、違うってば!」※必死に首を振るが、どう見ても動揺。
愛「いやいやいや〜〜その反応はもうアウトでしょ!」
穂乃は恥ずかしさに顔を覆う。
耳を近づけるように手招きして内緒話の体制
穂乃「付き合うことになったの」※消え入りそうな声。
一瞬、時が止まる。
愛「きゃーーーっ!!!」※声の大きさに教室中の視線が集まる
穂乃「愛、静かにして!」※周りに対して「なんでもないんです……」と目配せ
愛「どういう流れで?まさかあの後!?詳しく教えてよ!穂乃!」
穂乃「分かったから静かにして〜〜」※完全に真っ赤になる
柱:大学・同じ教室の隅
陽翔「なあ、聞こえた?穂乃ちゃん彼氏できたって!」※ノートを閉じながら、声をひそめたつもりで全然ひそめていない。
湊「桜庭さん人気あるし、逆にこれまでいなかった方が不思議じゃない?」※淡々とペンを片付ける。
陽翔「えーーなんでだよ!ちょっと高嶺の花みたいなところあったじゃん!なんか……ショック〜〜」※頭を抱えて机に突っ伏す。
湊「陽翔は彼女いるだろ」※苦笑しながら
陽翔「そういうんじゃないんだよなあ、推しだよ推し!なあ夕陽!」
呼ばれた夕陽は、ペンを回していた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
夕陽「ん?」
陽翔「聞いてなかったのかよ!穂乃ちゃんの彼氏!」
夕陽「聞いてたよ。……良かったじゃん幸せそうだし」※ほんの少しだけ間が長い。
視線を向けた先に、愛に揶揄われる穂乃。頬を染めて、困ったように笑うその表情。
夕陽は口を開きかけて言葉にならず、喉の奥で息を止める。代わりに、小さく息を吐く。
夕陽「次空きコマ?ゲームしようぜ」
すたすたと穂乃たちに背を向けるように教室を出る。
陽翔と湊は顔を見合わせて後を追う。
柱:映画館前・昼過ぎ
街のショッピングモール入り口。
穂乃は手元のスマホをちらりと見て、時計を確認する。
穂乃モノローグ『約束の時間である13時から少しすぎた13:30。少し前に急な仕事のトラブルで遅れそうだと連絡があった。大変そうだなあと受け止めたけれど、ドキドキする待ち時間が長くなってしまったのは少し苦しい』
そわそわとバッグの鏡をそっと覗き、前髪を直す。
服装は黒のキレイ目なスウェットにフレアスカート。可愛すぎず、頑張りすぎない甘辛ミックス。
穂乃(心の声)「服、大丈夫かな。気合いを入れてると思われるのも恥ずかしくて普段着に近い格好できちゃったけど」
タクシーが停まり、ドアが開く。
スーツ姿の煌斗が雰囲気を変えるようにおりたち、穂乃は思わず目を丸くする。
煌斗「ごめん、遅くなった」※ネクタイをほんの少しゆるめながら。
ぼんやりと見つめる穂乃。煌斗が覗き込む。
穂乃「お仕事お疲れ様です。お疲れじゃないですか?」※ハッとして
煌斗「いま穂乃ちゃんに会えたから大丈夫。ごめんね遅くなっちゃって」※申し訳なさそう
穂乃「いえ、そんな……!」
話しながら前髪をあげた仕事スタイルの煌斗に目を奪われ、急に、自分のカジュアルな服装が気恥ずかしくなる。視線を落とす穂乃に、煌斗が一言。
煌斗「似合ってる。カジュアルな雰囲気もかわいいね」
穂乃「っ……そんなことないです……!」※声が裏返り、顔が真っ赤。
煌斗は小さく笑って、「行こっか」と言って歩き出す。
穂乃は慌てて並び、胸の鼓動を押さえながらついていく。
柱:映画館ロビー
穂乃がお手洗いから戻ってくる。
ロビーの一角で、煌斗が電話をしている姿。
低い声で、短く指示を出している。
煌斗「その件は落ち着いたから。月曜朝イチで改めて報告入れて。次の動きはその時一緒にやろう。うん、休日はゆっくり休んでください」
真剣な横顔。言葉は冷静で、少しだけ鋭い。
穂乃(心の声)「あ……仕事の顔。いつも笑ってるから新鮮」
煌斗がふと穂乃に気づき、片手を上げて「ごめん」と身振りで伝える。
穂乃はこくんと頷き、少し離れた場所で待つ。
煌斗「ごめん仕事の連絡で」※電話が終わりすぐ駆け寄る
穂乃「いえ……」※先ほどとのギャップに、思わず目を逸らす。
煌斗「よし、行こっか」※少し笑って映画館へと進む
柱:映画館内・上映中
スクリーンの光が二人の横顔を照らす。
穂乃はポップコーンの箱を抱え、目を潤ませている。
穂乃(モノローグ)『今日見ることになったのは私のリクエストした映画。好きなのに、すれ違ってしまう二人の話。ラブラブで現実味のないポップな映画よりもこういう恋愛映画が好きなのはどうしてだろう。映画化されるって知ったとき、絶対に観たいと思った』
スクリーンの中では、海辺で手を離す恋人たちのシーン。
穂乃(心の声)「やっぱり、泣ける……。想い合ってるのに」
※穂乃は思わず、ぽろぽろと涙をこぼす。
手が触れてハッとして、涙を拭う。
穂乃(心の声)「こんなに泣いて、子供みたい。恥ずかしい」
涙を拭いて横を見ると、煌斗もスクリーンを見つめて静かに瞬きをしていた。
潤んでいるようにも見える瞳に目を丸くしてじっと見つめる。
煌斗「そんなに見ないで」※小声で笑いながら、手で一瞬穂乃の視界を塞ぐ。
その大きな手の温かさに、穂乃の呼吸が止まる。
穂乃(モノローグ)『自分が大好きな作品を、神谷さんと見ている。同じ場面で涙を滲ませる神谷さんを初めてほんの少し近くに感じた。それがすごく幸せで、なんだか胸が、くすぐったい』
柱:Bar VIOLA・夜
店内はいつもの落ち着いた照明。
カウンター奥のキッチンで、瀬良マスターがフライパンを振るのがガラス張りで見える。
玲奈「いや〜まさか二人が付き合うとはね。私図らずもキューピッドじゃない!?」
※ワインを注ぎながら
穂乃「あ、ありがとうございます……」※そわそわしながらも頬がほんのり赤い。
煌斗「そうだね、ありがとう」
煌斗は軽くグラスを持ち上げる。
煌斗「じゃ、乾杯」※玲奈も含め三人で。
普段ワインは飲まない穂乃。おそるおそる口をつけ、すぐに顔がぽっと赤くなる。
煌斗それを見て優しく笑う。
瀬良がグリルパンを片手に厨房から顔を出す。
瀬良「お待たせ。牛ほほ肉の赤ワイン煮」
柔らかく煮込まれた肉に、深いワイン色のソースがとろりとかかっている。
穂乃「すごくいい香り……!」※自然と笑顔になる。
煌斗「瀬良の料理はどれも美味いんだよ。飲みにだけきたら勿体無いよな」
瀬良「表向きはバーだからな。でもそう言ってくれると作り甲斐があるね」
親しそうに話す二人。煌斗も無邪気に等身大に見える瞬間。
煌斗「玲奈、同じものを」
玲奈「はーい、お注ぎしますよ」
空いたグラスに玲奈がワインを注ぐ。
瀬良「あれ、今日は珍しくしっかり飲んでるんだ」
煌斗「まあな、車じゃないし」
瀬良「それはいいことだ。誰かと飲む酒は一番うまい」※ちらりと穂乃を見て微笑む。優しくて、少しだけ探るような視線。
穂乃は背筋を伸ばして、小さくグラスに口をつける。
瀬良「神谷。良かったじゃん」
煌斗「うん?」
瀬良「これまでは誰を連れてきても、仕事が抜けない感じしてたから」
一瞬の間。
煌斗「そんなことないよ」※笑いながら肩をすくめる。
穂乃(心の声)「これまでの、人……。たくさんいろんな人を連れてきたりしたんだろうか。そりゃそうか、モテそうだし、こんなに素敵なんだもの」
少し俯く。
瀬良「お似合いだよ。良い夜を」
穂乃(モノローグ)『これまでの人。いたって当たり前のことなのに、胸の奥がちくりとした。私は、これまでの人のように素敵な振る舞いをできているだろうか」
柱:Bar VIOLA・店外〜帰り道・夜
店を出ると、外の空気がひんやりとして穂乃は肩をすくめる。
煌斗「あっちだよね」
穂乃の家の方向へ、二人並んで歩き出す。
街灯の下に伸びる二人の影。
風が強くなり、穂乃の髪が揺れる。
煌斗が立ち止まり、そっと自分のコートを脱いで穂乃の肩にかけた。
穂乃「あ……そんな、私、平気です。神谷さんの方が寒そう」
煌斗「嘘だ。手、冷たい」※穂乃の手を取って、笑う。
穂乃「でも」
煌斗「スーツって意外と暑いんだ。それに、少し酔い覚まし」
穂乃「ありがとうございます。神谷さんっていつも優しいです」※小さく呟く。
穂乃が手を離そうとした瞬間、煌斗の指が優しく包み込む。
ドキドキするけど嬉しい。っていう様子で微笑む穂乃。
その様子を愛しそうに眺めていた煌斗が少し覗き込むように顔を傾ける。
煌斗「神谷さんじゃなくて、煌斗って呼んでよ」※無邪気に
穂乃「えっ」
煌斗「はい、せーの!」
穂乃「あ、えっと……あ、煌斗……さん」※立ち止まって俯きながら
煌斗「ふふ、かわいい!」※楽しそうに
穂乃「な、からかうのやめてくださいって!」
煌斗「照れてるもん、かわいいでしょ」※少し先を歩きながら
煌斗「いつかは「煌斗」って呼んでね」※振り返って立ち止まる。それまでとは違って大人な微笑み
穂乃「いつかは!です!」※ぷくっと頬を膨らませる穂乃
膨らんだ頬に優しく触れて、穂乃はきょとんと前を向く。
ゆっくりと唇が触れそうな距離まできて、穂乃の目が、瞬きを忘れたように煌斗を見つめる。
穂乃「え……」※ドキドキで言葉を失っている。
煌斗はふっと微笑んで、おでこに軽くキスを落とした。
目をぱちくり。少し緊張を解かれて息ができる。って様子。
煌斗「まだ我慢しておく」※イタズラな笑顔
穂乃「大人って、すごい」※おでこを押さえながら、少し笑う。
煌斗「大人?何が?」※手を繋いだまま歩き出す
穂乃「余裕があるというか……今日も1日ずっとエスコートされてばかりで。それが当然みたいに」
煌斗「ふふ、そんなことないよ。途中で電話きて、ちょっと怒ってたし」
穂乃「えっ……」
煌斗「大人に見せてるだけ。穂乃ちゃんの前では、なるべくかっこよくいたいから」
酔っているからか、確かにいつもよりも身近に楽しそうにも見える煌斗。
穂乃、思わず笑う。
煌斗「その笑い方も、好きだな」
穂乃「やめてくださいっ」※赤くなりながらも笑う
最初より少し近くなった二人の後ろ姿。
柱:駅前・改札前
駅前に到着し、手を離すふたり。
穂乃、少し名残惜しそうな瞳。
煌斗「また連絡する」※穂乃の頭をポンと撫でる。
穂乃「はい」※照れくさそうに笑う。
改札に入り、振り返ると手を振ってくれている煌斗。
幸せを噛み締めながら帰路に着く穂乃。
柱:穂乃の部屋・夜
ベッドの上。お風呂上がりの部屋着。もこもこ。
ベージュの布団にくるまり、穂乃がスマホを握っている。
画面には煌斗とのトーク画面。
メッセージを打ち込んで送信ボタンを押す。
【楽しかったです。ありがとうございました☺️】
枕を抱きしめながら転がる。頬が少し赤い。
穂乃「……はぁぁ……」※思い出して、照れる。
映画館の中の涙。おでこに触れたあのキス。仕事中の真剣な表情。そこから変わる優しい笑顔。
しばらく画面を見つめていたが、既読はつかず、穂乃はスマホを閉じた。
瀬良の言葉が蘇る。
「これまでは誰を連れてきても、仕事が抜けない感じしてたから」
煌斗の、あのときの少しだけ苦笑いした表情。
穂乃(心の声)「過去があるのは当たり前。気にしちゃだめ。そんなの子供みたいだよ」
自分に言い聞かせるように、天井を見上げて転がる。
——ピロン、と通知音。
勢いよく体制を起こすと、画面に「ゼミメン」の文字。
少し落胆しながら画面を開く。
トーク画面:
【陽翔】「冬休み、コテージ行こー!スノボ!」
【愛】「何それ超いいじゃん!賛成!」
【湊】「雪だるま作る?」
穂乃(モノローグ)『12月に入ったら学期末のテストがある。演習科目のテストはどれも緊張するものばかりで少し憂鬱だったけど……』
穂乃「楽しそう〜」※緊張しているけど楽しみを思い浮かべて自然と口元がゆるむ。
【穂乃】「行く!楽しみ☺️」
【夕陽】「テスト頑張れそうだな」
穂乃「よし、練習しよ!」※立ち上がって実技の教科書を開く。
穂乃(モノローグ)『……恋って、素敵かも。いろんなことが、色づいて見える。嬉しいことも、不安も、全部』
柱:マンションのベランダ・夜
たばこを吸いながらスマホを見る煌斗。
穂乃からのメッセージに目を通し、微笑む。
返信をしようとしたときに画面に映る着信画面<佐伯 美沙>
煙を吐き出し、クルッと体制を変えてベランダに体重をかけて耳元に当てる。
煌斗「どうしたんすか?」※日中の仕事の電話の時とは違い、穏やかな表情
煌斗「はいはい。聞きますって」※親しそうに笑いながらタバコを消して部屋に戻る
第4話終
柱:大学・休み時間・教室内
授業が終わり、ざわめく教室。
穂乃はノートを閉じ、そっとスマホを取り出す。
画面には、煌斗からのメッセージ
《今週末、空いてる?》
スマホを胸元に押し当てる。
穂乃(心の声)「どうしよう……!今週末って、デート……?」
頬がほんのり色づく。
その様子に、隣の席の愛が気づいて顔を覗き込む。
愛「なになに〜?にやけてるけど?」
穂乃「え!?な、なにも!」※慌ててスマホを伏せるが、耳まで真っ赤。
愛「神谷さんでしょ〜〜?」
穂乃「ち、違うってば!」※必死に首を振るが、どう見ても動揺。
愛「いやいやいや〜〜その反応はもうアウトでしょ!」
穂乃は恥ずかしさに顔を覆う。
耳を近づけるように手招きして内緒話の体制
穂乃「付き合うことになったの」※消え入りそうな声。
一瞬、時が止まる。
愛「きゃーーーっ!!!」※声の大きさに教室中の視線が集まる
穂乃「愛、静かにして!」※周りに対して「なんでもないんです……」と目配せ
愛「どういう流れで?まさかあの後!?詳しく教えてよ!穂乃!」
穂乃「分かったから静かにして〜〜」※完全に真っ赤になる
柱:大学・同じ教室の隅
陽翔「なあ、聞こえた?穂乃ちゃん彼氏できたって!」※ノートを閉じながら、声をひそめたつもりで全然ひそめていない。
湊「桜庭さん人気あるし、逆にこれまでいなかった方が不思議じゃない?」※淡々とペンを片付ける。
陽翔「えーーなんでだよ!ちょっと高嶺の花みたいなところあったじゃん!なんか……ショック〜〜」※頭を抱えて机に突っ伏す。
湊「陽翔は彼女いるだろ」※苦笑しながら
陽翔「そういうんじゃないんだよなあ、推しだよ推し!なあ夕陽!」
呼ばれた夕陽は、ペンを回していた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
夕陽「ん?」
陽翔「聞いてなかったのかよ!穂乃ちゃんの彼氏!」
夕陽「聞いてたよ。……良かったじゃん幸せそうだし」※ほんの少しだけ間が長い。
視線を向けた先に、愛に揶揄われる穂乃。頬を染めて、困ったように笑うその表情。
夕陽は口を開きかけて言葉にならず、喉の奥で息を止める。代わりに、小さく息を吐く。
夕陽「次空きコマ?ゲームしようぜ」
すたすたと穂乃たちに背を向けるように教室を出る。
陽翔と湊は顔を見合わせて後を追う。
柱:映画館前・昼過ぎ
街のショッピングモール入り口。
穂乃は手元のスマホをちらりと見て、時計を確認する。
穂乃モノローグ『約束の時間である13時から少しすぎた13:30。少し前に急な仕事のトラブルで遅れそうだと連絡があった。大変そうだなあと受け止めたけれど、ドキドキする待ち時間が長くなってしまったのは少し苦しい』
そわそわとバッグの鏡をそっと覗き、前髪を直す。
服装は黒のキレイ目なスウェットにフレアスカート。可愛すぎず、頑張りすぎない甘辛ミックス。
穂乃(心の声)「服、大丈夫かな。気合いを入れてると思われるのも恥ずかしくて普段着に近い格好できちゃったけど」
タクシーが停まり、ドアが開く。
スーツ姿の煌斗が雰囲気を変えるようにおりたち、穂乃は思わず目を丸くする。
煌斗「ごめん、遅くなった」※ネクタイをほんの少しゆるめながら。
ぼんやりと見つめる穂乃。煌斗が覗き込む。
穂乃「お仕事お疲れ様です。お疲れじゃないですか?」※ハッとして
煌斗「いま穂乃ちゃんに会えたから大丈夫。ごめんね遅くなっちゃって」※申し訳なさそう
穂乃「いえ、そんな……!」
話しながら前髪をあげた仕事スタイルの煌斗に目を奪われ、急に、自分のカジュアルな服装が気恥ずかしくなる。視線を落とす穂乃に、煌斗が一言。
煌斗「似合ってる。カジュアルな雰囲気もかわいいね」
穂乃「っ……そんなことないです……!」※声が裏返り、顔が真っ赤。
煌斗は小さく笑って、「行こっか」と言って歩き出す。
穂乃は慌てて並び、胸の鼓動を押さえながらついていく。
柱:映画館ロビー
穂乃がお手洗いから戻ってくる。
ロビーの一角で、煌斗が電話をしている姿。
低い声で、短く指示を出している。
煌斗「その件は落ち着いたから。月曜朝イチで改めて報告入れて。次の動きはその時一緒にやろう。うん、休日はゆっくり休んでください」
真剣な横顔。言葉は冷静で、少しだけ鋭い。
穂乃(心の声)「あ……仕事の顔。いつも笑ってるから新鮮」
煌斗がふと穂乃に気づき、片手を上げて「ごめん」と身振りで伝える。
穂乃はこくんと頷き、少し離れた場所で待つ。
煌斗「ごめん仕事の連絡で」※電話が終わりすぐ駆け寄る
穂乃「いえ……」※先ほどとのギャップに、思わず目を逸らす。
煌斗「よし、行こっか」※少し笑って映画館へと進む
柱:映画館内・上映中
スクリーンの光が二人の横顔を照らす。
穂乃はポップコーンの箱を抱え、目を潤ませている。
穂乃(モノローグ)『今日見ることになったのは私のリクエストした映画。好きなのに、すれ違ってしまう二人の話。ラブラブで現実味のないポップな映画よりもこういう恋愛映画が好きなのはどうしてだろう。映画化されるって知ったとき、絶対に観たいと思った』
スクリーンの中では、海辺で手を離す恋人たちのシーン。
穂乃(心の声)「やっぱり、泣ける……。想い合ってるのに」
※穂乃は思わず、ぽろぽろと涙をこぼす。
手が触れてハッとして、涙を拭う。
穂乃(心の声)「こんなに泣いて、子供みたい。恥ずかしい」
涙を拭いて横を見ると、煌斗もスクリーンを見つめて静かに瞬きをしていた。
潤んでいるようにも見える瞳に目を丸くしてじっと見つめる。
煌斗「そんなに見ないで」※小声で笑いながら、手で一瞬穂乃の視界を塞ぐ。
その大きな手の温かさに、穂乃の呼吸が止まる。
穂乃(モノローグ)『自分が大好きな作品を、神谷さんと見ている。同じ場面で涙を滲ませる神谷さんを初めてほんの少し近くに感じた。それがすごく幸せで、なんだか胸が、くすぐったい』
柱:Bar VIOLA・夜
店内はいつもの落ち着いた照明。
カウンター奥のキッチンで、瀬良マスターがフライパンを振るのがガラス張りで見える。
玲奈「いや〜まさか二人が付き合うとはね。私図らずもキューピッドじゃない!?」
※ワインを注ぎながら
穂乃「あ、ありがとうございます……」※そわそわしながらも頬がほんのり赤い。
煌斗「そうだね、ありがとう」
煌斗は軽くグラスを持ち上げる。
煌斗「じゃ、乾杯」※玲奈も含め三人で。
普段ワインは飲まない穂乃。おそるおそる口をつけ、すぐに顔がぽっと赤くなる。
煌斗それを見て優しく笑う。
瀬良がグリルパンを片手に厨房から顔を出す。
瀬良「お待たせ。牛ほほ肉の赤ワイン煮」
柔らかく煮込まれた肉に、深いワイン色のソースがとろりとかかっている。
穂乃「すごくいい香り……!」※自然と笑顔になる。
煌斗「瀬良の料理はどれも美味いんだよ。飲みにだけきたら勿体無いよな」
瀬良「表向きはバーだからな。でもそう言ってくれると作り甲斐があるね」
親しそうに話す二人。煌斗も無邪気に等身大に見える瞬間。
煌斗「玲奈、同じものを」
玲奈「はーい、お注ぎしますよ」
空いたグラスに玲奈がワインを注ぐ。
瀬良「あれ、今日は珍しくしっかり飲んでるんだ」
煌斗「まあな、車じゃないし」
瀬良「それはいいことだ。誰かと飲む酒は一番うまい」※ちらりと穂乃を見て微笑む。優しくて、少しだけ探るような視線。
穂乃は背筋を伸ばして、小さくグラスに口をつける。
瀬良「神谷。良かったじゃん」
煌斗「うん?」
瀬良「これまでは誰を連れてきても、仕事が抜けない感じしてたから」
一瞬の間。
煌斗「そんなことないよ」※笑いながら肩をすくめる。
穂乃(心の声)「これまでの、人……。たくさんいろんな人を連れてきたりしたんだろうか。そりゃそうか、モテそうだし、こんなに素敵なんだもの」
少し俯く。
瀬良「お似合いだよ。良い夜を」
穂乃(モノローグ)『これまでの人。いたって当たり前のことなのに、胸の奥がちくりとした。私は、これまでの人のように素敵な振る舞いをできているだろうか」
柱:Bar VIOLA・店外〜帰り道・夜
店を出ると、外の空気がひんやりとして穂乃は肩をすくめる。
煌斗「あっちだよね」
穂乃の家の方向へ、二人並んで歩き出す。
街灯の下に伸びる二人の影。
風が強くなり、穂乃の髪が揺れる。
煌斗が立ち止まり、そっと自分のコートを脱いで穂乃の肩にかけた。
穂乃「あ……そんな、私、平気です。神谷さんの方が寒そう」
煌斗「嘘だ。手、冷たい」※穂乃の手を取って、笑う。
穂乃「でも」
煌斗「スーツって意外と暑いんだ。それに、少し酔い覚まし」
穂乃「ありがとうございます。神谷さんっていつも優しいです」※小さく呟く。
穂乃が手を離そうとした瞬間、煌斗の指が優しく包み込む。
ドキドキするけど嬉しい。っていう様子で微笑む穂乃。
その様子を愛しそうに眺めていた煌斗が少し覗き込むように顔を傾ける。
煌斗「神谷さんじゃなくて、煌斗って呼んでよ」※無邪気に
穂乃「えっ」
煌斗「はい、せーの!」
穂乃「あ、えっと……あ、煌斗……さん」※立ち止まって俯きながら
煌斗「ふふ、かわいい!」※楽しそうに
穂乃「な、からかうのやめてくださいって!」
煌斗「照れてるもん、かわいいでしょ」※少し先を歩きながら
煌斗「いつかは「煌斗」って呼んでね」※振り返って立ち止まる。それまでとは違って大人な微笑み
穂乃「いつかは!です!」※ぷくっと頬を膨らませる穂乃
膨らんだ頬に優しく触れて、穂乃はきょとんと前を向く。
ゆっくりと唇が触れそうな距離まできて、穂乃の目が、瞬きを忘れたように煌斗を見つめる。
穂乃「え……」※ドキドキで言葉を失っている。
煌斗はふっと微笑んで、おでこに軽くキスを落とした。
目をぱちくり。少し緊張を解かれて息ができる。って様子。
煌斗「まだ我慢しておく」※イタズラな笑顔
穂乃「大人って、すごい」※おでこを押さえながら、少し笑う。
煌斗「大人?何が?」※手を繋いだまま歩き出す
穂乃「余裕があるというか……今日も1日ずっとエスコートされてばかりで。それが当然みたいに」
煌斗「ふふ、そんなことないよ。途中で電話きて、ちょっと怒ってたし」
穂乃「えっ……」
煌斗「大人に見せてるだけ。穂乃ちゃんの前では、なるべくかっこよくいたいから」
酔っているからか、確かにいつもよりも身近に楽しそうにも見える煌斗。
穂乃、思わず笑う。
煌斗「その笑い方も、好きだな」
穂乃「やめてくださいっ」※赤くなりながらも笑う
最初より少し近くなった二人の後ろ姿。
柱:駅前・改札前
駅前に到着し、手を離すふたり。
穂乃、少し名残惜しそうな瞳。
煌斗「また連絡する」※穂乃の頭をポンと撫でる。
穂乃「はい」※照れくさそうに笑う。
改札に入り、振り返ると手を振ってくれている煌斗。
幸せを噛み締めながら帰路に着く穂乃。
柱:穂乃の部屋・夜
ベッドの上。お風呂上がりの部屋着。もこもこ。
ベージュの布団にくるまり、穂乃がスマホを握っている。
画面には煌斗とのトーク画面。
メッセージを打ち込んで送信ボタンを押す。
【楽しかったです。ありがとうございました☺️】
枕を抱きしめながら転がる。頬が少し赤い。
穂乃「……はぁぁ……」※思い出して、照れる。
映画館の中の涙。おでこに触れたあのキス。仕事中の真剣な表情。そこから変わる優しい笑顔。
しばらく画面を見つめていたが、既読はつかず、穂乃はスマホを閉じた。
瀬良の言葉が蘇る。
「これまでは誰を連れてきても、仕事が抜けない感じしてたから」
煌斗の、あのときの少しだけ苦笑いした表情。
穂乃(心の声)「過去があるのは当たり前。気にしちゃだめ。そんなの子供みたいだよ」
自分に言い聞かせるように、天井を見上げて転がる。
——ピロン、と通知音。
勢いよく体制を起こすと、画面に「ゼミメン」の文字。
少し落胆しながら画面を開く。
トーク画面:
【陽翔】「冬休み、コテージ行こー!スノボ!」
【愛】「何それ超いいじゃん!賛成!」
【湊】「雪だるま作る?」
穂乃(モノローグ)『12月に入ったら学期末のテストがある。演習科目のテストはどれも緊張するものばかりで少し憂鬱だったけど……』
穂乃「楽しそう〜」※緊張しているけど楽しみを思い浮かべて自然と口元がゆるむ。
【穂乃】「行く!楽しみ☺️」
【夕陽】「テスト頑張れそうだな」
穂乃「よし、練習しよ!」※立ち上がって実技の教科書を開く。
穂乃(モノローグ)『……恋って、素敵かも。いろんなことが、色づいて見える。嬉しいことも、不安も、全部』
柱:マンションのベランダ・夜
たばこを吸いながらスマホを見る煌斗。
穂乃からのメッセージに目を通し、微笑む。
返信をしようとしたときに画面に映る着信画面<佐伯 美沙>
煙を吐き出し、クルッと体制を変えてベランダに体重をかけて耳元に当てる。
煌斗「どうしたんすか?」※日中の仕事の電話の時とは違い、穏やかな表情
煌斗「はいはい。聞きますって」※親しそうに笑いながらタバコを消して部屋に戻る
第4話終



