柱:駅前・夜(19時頃)・10月
穂乃(モノローグ)『恋をしてる時間なんてない——そう思ってた』
カップルや男女の集団がたくさんいる駅前の飲食街を一人で歩く穂乃の後ろ姿。寂しそうな背中。
白シャツにカーディガンを羽織り、低い位置で髪を束ねている。夜の街には似合わない清楚な女子。
桜庭穂乃(ヒロイン)初登場
肩までの柔らかな栗色の髪(実習後なので今は結んでる)、小柄(155cm)、タレ目の癒し系
金の筆記体で “Bar VIOLA”と書いてある黒い扉(後に訪れることになるので印象的に)
穂乃がぼんやりと視線を向ける。
女性「何ここ!おしゃれなバー!」
男性「金曜だし行こうよ、今週も頑張ったご褒美!」
女性「ふふ、最高!」
親しそうに腕を組んだカップルがドアを開けて入っていく。
穂乃は、通り過ぎながら少しだけため息。
穂乃(モノローグ)『いまの私は、まだ夢の途中だから、恋になんて浮かれていられない』
『でも、今日みたいに疲れた夜はなんだか少し、親しそうな恋人たちを羨ましく思う..人肌恋しいって、こういう気持ちを言うのかな』
人混みの向こうから、手を大きく振りながら走ってくる愛。
宮下愛(穂乃の親友)初登場。
長い黒髪を高めのポニーテールに結び、ライトグレーのカーディガン。健康的な笑顔。猫目。明るさ重視。
愛「ほの〜〜!おつかれー!」
暗い感情を隠し、柔らかく笑う穂乃の笑顔。
柱:カジュアルビストロ・テーブル席
レンガ造りの外壁にワインボトルが並ぶ小さなビストロ。
木製のドア。黒板風の看板に「Bistro Miel」の文字。
テラスのランプがふわりと灯っている。
木のテーブルと淡いオレンジのランプ。
壁にワインボトルとドライフラワー。
愛「おつかれ〜〜っ!」
穂乃「おつかれさま!」
ふたりがグラスを軽く合わせる。
愛「はぁ〜、やっと解放された!二週間、長かったね〜!」
穂乃「ほんとに……。朝も夜もずっと実習のことで頭いっぱいだった」
笑い合いながら、前菜をつつく。
愛が適当に頼んだたくさんのご飯がテーブルいっぱいに並ぶカット。
ラクレット、パスタ、アヒージョ、お肉。
目を輝かせてもりもりと食べる愛を見て微笑む穂乃。
穂乃の口角が徐々に下がり、フォークを持つ手が止まる。
愛「穂乃?元気ない?」
目敏く気づいた愛が、口いっぱいだった食べ物を飲み込んで真面目な顔をする。
穂乃「実は、最後の日だったのに、今日も失敗しちゃって」
ワイングラスの水面に、照明が揺れて映る。
穂乃の視線はそこに落ちている。
回想始まり
柱:病室・お昼の食事介助中
穂乃は、担当の利用者・山下さん(右半身の動きが少し不自由な高齢女性)の前に座っている。テーブルの上には、刻み+とろみ食。
穂乃(心の声)「今日は、昨日より落ち着いてる。大丈夫。練習したとおりに……」
穂乃はゆっくりスプーンを持つ。
山下さんの娘(母世代)「久しぶりに母の食事姿が見られる」と微笑みを浮かべる。
その言葉をきっかけに穂乃に緊張が走り、指先が震える。
スープがこぼれ、山下さんの口元に滴る。
穂乃「あっ……ごめんなさい……」
指導職員・原田さん(母世代。ふくよかで安心感のあるベテラン)が、穂乃の背後に近づき言う。
原田「桜庭さん落ち着いて。一呼吸おいてからもう一度」
表情は穏やかだが、患者の家族や周囲の利用者が見ているため、胸の奥にずしりと刺さり、穂乃の目には涙がにじむ。
穂乃(モノローグ)『悔しかった。どれだけ練習しても思い通りにできない自分が』
原田は穂乃の手からスプーンを受け取り「見てて」と言って実演を見せる。
穂乃は、目の前で行われる介助を黙って見つめる。
山下さんが、ゆっくり口を開き、食べてくれる。美味しそうに柔らかく微笑む。
山下「やっぱり原田さんの方が上手ねぇ」
※無邪気な笑顔。悪気はない。
回想おわり
柱:カジュアルビストロ・テーブル席
穂乃はフォークを置いて、手をぎゅっと握る。
穂乃「原田さんに変わった瞬間の、山下さんの安心した顔が忘れられないの。自分が情けなくて悔しい」※声は小さい。
愛「……」※黙って聞いている。真剣な顔。
穂乃「自分のことばっかりで、山下さんの表情を見れてなかったんだ」
愛は穂乃の目が少し潤んでいることに気づき、言葉を探す。
愛「緊張するよね……」※慰める言葉を探した結果の言葉。ベストな言葉が見つけられなくて悔しそうな表情。
穂乃「怖くても逃げないって、簡単じゃないんだよね。もっと頑張らないと」
※声は静かで強い。これからの覚悟が感じられる強い目。
愛はその横顔を見て、安堵の笑み。
愛「穂乃は、やっぱかっこいいね」
穂乃「え?」※不思議そうに
愛「穂乃はミスをしても絶対に『次はできるようになりたい』って言う。そういうとこ、ほんと尊敬してる。私も頑張らないとね!」
両腕で力こぶをつくりムキムキとする愛。
穂乃「そんな……私なんか落ち込んでばっかりだよ」
※恥ずかしそうに微笑み、グラスの縁を指でなぞる。表情は少し明るくなる。
愛「はいはい出た『私なんか』。謙虚すぎるのは良くないよ」
愛の芸人さんみたいな大きな指摘する仕草。
穂乃、思わず吹き出して笑う。
穂乃「ふふっ……ありがと、愛」
穂乃が笑うと、愛も安心したように笑い返す。
愛「よし、切り替え!今日はもう反省禁止!頑張った人にはご褒美タイム!」
勢いよくグラスを持ち上げる愛。
中の炭酸がぱちぱちと弾ける。
穂乃「ご褒美タイムー?」※柔らかい表情
愛も嬉しそうに笑いかける。
愛「ねぇ、このあともう一軒だけ行かない?」
穂乃「ありあり!」
穂乃も切り替えをアピールするようにごくごくとファジーネーブルを飲む。
愛「先輩が教えてくれたんだよ。ここから歩いて三分のところに入りやすいおしゃれなバーがあるって!」
穂乃「バー!?そんなとこ、20歳なりたての私たちが行ってもいいのかな……」
愛「ハタチだよ!?いいに決まってるでしょ!」※椅子から少し前のめりに
愛「私たちだってもう、おとななんだから!」
穂乃「……おとな、かぁ」※少し遠くを見るように呟く。
穂乃「なんか、ドキドキしてきた」※楽しみそうな、期待の表情
愛「決まり。行くよ!」 ※明るく笑って立ち上がる
二人の背中が並んで歩く。
その先に見えるのは、金の筆記体で “Bar VIOLA”と書いてある黒い扉。
穂乃(モノローグ)
『愛が連れ出してくれた大人への第一歩。このあと、出会う人が――私の人生を、大きく変えるなんて思いもしなかった』
柱:Bar VIOLA・入口
扉についたアンティークなベルが鳴る。
壁一面に並ぶボトルが照明を反射して、紫の光が揺れている。
玲奈「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
金髪ショートの女性バーテンダーがカウンターの奥から顔を上げる。
左耳に光るシルバーのピアス。白シャツに黒ベスト、キリッとした立ち姿。
愛「はいっ!先輩の矢野さんに聞いてきました!」※人懐っこい笑顔でカウンターに駆け寄る。
玲奈、少し目を細めて笑う。
玲奈「ああ!矢野くんの後輩。聞いてるよ、愛ちゃんだよね」
愛「そうです!愛です!あと友達の、穂乃です!」
突然の紹介に驚く穂乃。
軽く会釈して「おじゃまします……」と小声で返す。
玲奈「玲奈です、よろしく」※フレンドリーな距離感
カウンター奥で、氷を割っていた男がちらりと顔を上げる。
白シャツの袖をまくり、渋いヒゲと長い髪を後ろで一つに結んでいる。
玲奈「うちのオーナー、瀬良です」
瀬良「いらっしゃい。ゆっくりしていって」※低く落ち着いた声、大人な微笑み。
想像していたよりも会話も聞こえ、同世代も多そうなバー。それでもスーツ姿のお客様もたくさんいる様子。
玲奈「何飲む?」
愛「矢野さんが頼むやつがいいです!」
玲奈「ミント・ライム・モヒートね」
玲奈が手際よくミントを潰し、ライムを絞る。
玲奈「穂乃ちゃんは?」
穂乃「えっと……おすすめはありますか?」※少し緊張気味。
玲奈「じゃあ、スミレ・フィズにしようか。すみれのリキュールをソーダで割ってるやつ」※緊張をほぐすようにウインク
玲奈「はい、お待たせ。初めての夜に乾杯」
あっという間に作られたオシャレなグラスをカウンターに静かに置く。
ドリンクの上には紫色のお花が乗っている。
穂乃「……すみれ」※思わず小さくつぶやく
穂乃(モノローグ)『すみれ私の大好きな花だ……』
柱:Bar VIOLA・空いていた二人がけの小さな席(少し時間が経って)
グラスを半分ほど飲み進め、肩の力が抜けてきた。
愛が頬杖をつきながら、ニヤッと笑う。
愛「ねぇ、穂乃。最近恋愛とかはどうなの?」
穂乃「えっ、いきなりなに……!」※グラスを持ったまま、視線を泳がせる。
愛「だってさ〜。そろそろ彼氏とか欲しくない!?」
目を輝かせながら語る愛。次々と理想が出てきておかしくなる。
愛「で、穂乃は?」
穂乃「私?」※慌てて姿勢を正す
愛「そう。ほのって恋バナ全然しないじゃん〜、ほら、ないの?タイプとかさ!」
穂乃「うーん……」※言葉を探して、少し考える。
穂乃「なんか、恋愛って……うまくできる気がしないんだよね」※穂乃はグラスを持ち直して、小さく笑う。
穂乃「実習も増えていくし、彼氏のための時間とか作れるのかなって思うし」
愛「うん?」※関係なくない?みたいな不思議そうな表情
穂乃「介護の勉強だってまだ全然追いついてないし。今はちゃんと頑張りたいの。中途半端にしたくなくて」
熱が入り熱く語ると、愛は少し呆れたような表情。
「なによ」とわざとらしく睨んでから続ける。
穂乃「だってさ、介護って人の命に関わる仕事でしょ。まだ自分のことでいっぱいいっぱいなのに、恋愛なんてちゃんと向き合えない気がして」
愛「ほんと真面目だねぇ」※グラスを傾けて、変に大人っぽく呟く愛
愛「でも、これから大変になるからこそ、癒してくれる存在がいた方がいいに決まってるじゃん!」※自信満々なひとこと
穂乃「癒してくれる存在……」※つぶやきながら視線を落とす
愛「そう!頑張ってる時間もちゃんと応援してくれる人!」
穂乃「愛、理想高くない?」※吹き出す
愛「高くない高くない!そういう人、絶対どっかにいる!」
穂乃「いたらいいよね」※笑いながらも、グラスの中を見つめる
穂乃と愛、笑いながら恋バナで盛り上がる。
隣の席の男二人組が、こちらの方を見て笑いかけるカット。
一人は淡いベージュの髪にピアス。
明るくて人懐っこい印象(陸)
もう一人は黒髪に近いアッシュグレー、ダルっとした黒シャツ。クールそうな印象(海翔)
陸「ねぇ、二人で飲んでんの?よかったら一緒にどう?」
海翔「学生っぽいよね。俺らも大学生なんだけど」
穂乃は一瞬、戸惑ったように愛の方を見る。
視線で『どうする?』と問いかけるように。
愛「えっ、そうなんですか?ぜひ!」※反射的に顔を上げて、にこっと笑う。こういう人、タイプ!という感じの乙女な表情。
穂乃(心の声)「彼氏欲しいって言ってたばっかりだもんね。こういうの少し苦手だけど仕方ないかな」※苦笑い
陸「よっしゃー、おじゃまします!」※立ち上がって、穂乃たちの隣のテーブルに椅子を寄せる
愛「いいですよ〜」※軽いノリで笑いながら、グラスを持ち直す
海翔「おじゃまします。俺ら、陸と海翔ね」※軽く顎で笑う、ノリのいい感じ
愛「私は愛で、こっちは穂乃!」
穂乃「穂乃です」※人見知りして、軽く頭を下げる
陸「えーー名前もかわいい」
慣れないセリフに口角が引き攣る穂乃。
愛「じゃあ、改めまして、乾杯〜!」
陸&海翔「乾杯!」
愛「あ、ひとつ年上なんですね!しかも大学超近い!」
海翔「ね。愛ちゃんたち大学は、福祉系が強いとこだよね」
愛「そうですそうです。私たち介護の勉強してて!」
愛は海翔くんが気に入ったようであっという間に話し込んでいく。
その様子についていけず、暇を持て余すようにどんどんとお酒を口にしてしまう。
穂乃(モノローグ)
『Bar VIOLAの落ち着く空気が、少しずつ、違う色に変わっていく』
柱:Bar VIOLA・店の外(夜風)
穂乃がドアを押して出てくる。
頬がわずかに赤く、髪を耳にかけながら深呼吸。
穂乃「……ふぅ」※少し疲れている
穂乃(心の声)「ちょっと酔ったかも……」
夜風に当たりながら、壁にもたれる穂乃。
ガラス越しに中を覗くと、愛が楽しそうに笑っている。
穂乃(モノローグ)『すごいな、愛。誰とでもすぐに仲良くなれて、恋愛にも積極的で。可愛くて、明るくて。眩しい』
穂乃、肩にかけたカーディガンをぎゅっと握る。
穂乃(心の声)「……私は、やっぱり、恋愛って、ちょっと苦手かも」
店の扉が開いて陸が顔を出す。
笑いながら片手をポケットに入れて、軽い足取りで近づく。
街灯に照らされた髪が金色に光る。
陸「外、出てたんだ。ちょっと酔った?」※穂乃の表情を見てニコッと笑う。
穂乃「あ、はい……少しだけ」※姿勢を正して微笑むが、警戒気味
陸「涼しくて気持ちいな〜。俺も一回抜けてこよって思ってさ。あいつら、いい感じになってるし」
穂乃「え?」
陸「海翔と愛ちゃん。結構話盛り上がってるからさ。お邪魔かなって思って」
穂乃「あ……そうなんですか」※ガラス越しに中を振り返る。
海翔が愛に何かを耳打ちして、愛が声を上げて笑っている。
陸「ほら、ああやって楽しそうにしてるし、俺は空気読んで外に避難〜」
※冗談っぽく笑う。軽く手を広げてみせる。
穂乃(心の声)「悪い人じゃないのかも。空気読んで出てきたんだ」
陸は壁にもたれかかるように穂乃の隣に立った。
陸「ねぇ、俺らも抜け出さない?」
穂乃「えっ」※顔を向ける。
陸「ほら、あの二人いい感じになってるし。戻ったら、邪魔になるじゃん」
ガラス越しに、愛が海翔と笑い合っているを再度確認。
穂乃(心の声)「陸くんの言うとおりかも。愛は、きっと二人で話したいだろうし。でも……」
「行く」と言う気にもなれず迷う穂乃。俯く。
陸「いや、変な意味じゃないって!帰ってもいいんだけど!ほんと、もうちょっと話してみたいだけ」
穂乃「え……」※思わず息を呑む。
陸は軽く頭をかきながら、笑って続ける。
陸「あれだよ?付き合おうとかじゃなくて、もっと普通にさ。穂乃ちゃんのこと知りたいな〜って思って」
穂乃はさらに表情を曇らせる。
穂乃(心の声)「悪い人じゃないのはわかる。だからこそ、断りづらい。どうしよう、愛のために頷く?」
陸「どう?この先に静かなカフェバーがあるんだ。歩いて一分。……ね?」
※穂乃の目を覗き込むように、少し身を傾ける。
穂乃(心の声)「どうしようーー」
?「——困ってるように見えるけど」
穂乃と陸、同時に振り向く。
街灯の下に黒いコートの男性。
神谷煌斗初登場。
シャツの襟元からのぞくグレーのネクタイ。
煌斗の顔が月明かりに照らされる。
端正で、俳優さんみたいにかっこいいのに、どこか光のない静かな目。
煌斗「大丈夫?」※声は低く穏やか。
穂乃「あ……」
目が奪われる様子。何も言わずこちらを見つめるその表情に、頬が熱くなる。
穂乃の手が自然と胸元に触れる。
穂乃(心の声)「知らない人なのに、どうしてだろう。少しだけ、安心した」
穂乃、胸の前で手を軽く握りしめ、まっすぐに陸を見つめる。
穂乃「陸くんごめん。今日は遠慮します。誘ってくれてありがとう」
陸「ああ、そっか。うん、ごめん。無理に誘ったわけじゃないんだ」※少し気まずそうに
陸「じゃあ、俺ももう戻れないし帰るよ。ありがとね」※軽く手を上げてお店を後にする。
外が静かになり、穂乃はふぅ、と息を吐く。
煌斗「ちゃんと、言えるじゃん」※穏やかに、少しだけ微笑む
穂乃「え?」※驚いて顔を向ける。
煌斗「無理してる感じがしたから。断れてよかったね」※『えらいえらい』と子供扱いするように軽く笑う
穂乃(心の声)「バレてたんだ……」※頬が少し赤くなり、目線を落とす。
煌斗「入れば?冷えるよ」※慣れた手つきでお店のドアを開けて振り返る。
柱:Bar VIOLA・店内(夜の後半)
先ほどの席では、愛と海翔がまだ話に夢中。
楽しそうに笑う二人を見て、穂乃は立ち止まる。
穂乃(心の声)「戻れないな。荷物、置きっぱなしなのに」
カウンターの一番奥に煌斗が座り、カウンター越しに瀬良と話している。
瀬良「神谷。仕事終わり?」
煌斗「うん。相変わらず落ち着くね、ここ」
行き場を失った視線が親しそうに話す二人を見つめる。
玲奈が気がついて近くに寄って話しかけてくれる。
玲奈「煌斗くん、昔からの常連なんだよ。オーナーと仲良くて」
※笑いながらシェイカーを振る
穂乃(心の声)「……そっか。常連さんだったんだ」
煌斗「玲奈。いつものお茶ある?今日、酒飲めない」
玲奈「了解〜。VIOLA特製ハーブティーね」※玲奈が仕事に戻る。
穂乃はドア付近で立ち尽くしたまま、席に戻るにも戻れず、指先をそわそわ動かしている。
穂乃(心の声)「どうしよう……愛楽しそうだし、でも荷物……どうしよう……」
玲奈がおかしそうに笑って、お茶を入れながら声をかける。
玲奈「お嬢さん。今なら温かいハーブティーがお出しできますが、こちらにいかがですか?」
※冗談めかした様子で、煌斗が座る席の隣に手のひらを向ける。
煌斗「ああ、よければどうぞ」
※冗談に乗っかって王子のような気品のある手招きをされ、思わず笑ってしまう。
玲奈「飲み終わるまでに荷物とってきてあげるから」※天使のような優しいウインク
小さく会釈して、カウンター席に腰を下ろす。
玲奈がカウンター越しにカップをふたつ置く。
玲奈「はい、お待たせしました。すみれとジャスミンティーのブレンドだよ〜」
穂乃「すみれ……」※また呟く。
玲奈「スミレ・フィズおいしかったでしょ?きっとそれも美味しいから」
煌斗、湯気越しに穂乃をちらりと見る。
煌斗「美味しいよ、ここのは格別」
玲奈「玲奈が作るのはって言ってほしいな」
※親しそうに笑って、また瀬戸と煌斗が話し始める。
穂乃は、カップをそっと口元に運ぶ。
飲み込んだあと、胸の奥が少し熱くなり、ほっと安心する。
穂乃(モノローグ)『——すみれ。介護を目指すきっかけになった大好きなおばあちゃんの名前。
施設に入ったおばあちゃんの部屋に飾っていた紫の花』
カップを両手で包みながら、穂乃は目を閉じて味わう。幸せそう。
その横顔を煌斗が見つめている。
煌斗「すみれ、好きなの?」
穂乃「おばあちゃんの名前なんです。だからかな、私にとっても特別なお花で」
煌斗「おばあちゃんの、名前……」
※小さく繰り返す。少しだけ優しい響きが混じる。
煌斗は一瞬だけ視線を落とす。わずかな動揺。
瀬良「素敵な名前。穂乃ちゃんがうちの店に来てくれたのは運命だったのかもな」※グラスを拭きながら
玲奈「愛ちゃんと同じゼミってことは、穂乃ちゃんも福祉系だよね」
穂乃「あ、そうです。介護福祉を学んでいます」
瀬良「神谷も介護関係扱ってんだろ?いつかばったり会うかもね」
穂乃「そうなんですか……!」
※ぱっと顔を上げる。思わぬ共通点が嬉しくて笑顔に(おばあちゃんと似た笑顔)
煌斗が目を丸くする。
煌斗「ああ、うん。うちは福祉系の事業も扱ってる。支援システムの導入とか」
※少し上の空だった煌斗が、慌てて続ける様子。
煌斗「穂乃ちゃん……って、苗字は?」
穂乃「あ、桜庭といいます」
苗字を聞いて煌斗は考え込むように目を伏せる。何かを思い出したような表情で微笑む。
玲奈「煌斗くん、仕事モード入った?」
瀬良「すぐ営業モード入るの、悪い癖だぞ」
煌斗「違う違う。ただ……偶然ってあるんだなって」
穂乃「偶然?」
煌斗「いや……なんでも」※軽く首を振り、笑いで流す。
ハーブティーを飲み終わるまで、おばあちゃんについて熱く語る穂乃のカット。
穂乃「認知症だったんですけど、私のことは覚えててくれてる日も多かったんです。いつも優しくて応援してくれて。お母さんに拗ねられる時があるくらいおばあちゃんっ子でした」
幸せそうに大好きだった思い出を語る。
優しい瞳で見つめる煌斗。明らかに距離が縮まっている様子。
穂乃(心の声)「どうしよう……。酔ってるせいか、少し話しすぎちゃったかも」
穂乃「すみません私。話しすぎました。そろそろ……」
※恥ずかしくなって立ち上がる穂乃
玲奈が荷物をとってきて渡す。
煌斗がスマホを見て、立ち上がる。
煌斗「俺も帰るよ。穂乃ちゃんの分もつけといて」
穂乃「え!?そんなだめです!」
瀬良「はいよ。穂乃ちゃん、またおいで」
玲奈「またきてね〜!」
穂乃(心の声)「あっという間で断ることもできなかった」
穂乃(モノローグ)『大人の世界には出遅れる。だけど、憧れるような素敵な世界を見た気がした』
柱:Bar VIOLA・店の外(深夜)
穂乃「あの……!神谷さん!お金お返しします!」
煌斗「いーよ。いくつ違うと思ってんの」
穂乃「年齢は関係ないです!」
がさごそとカバンを探る穂乃。酔っているからか全然財布が出てこない。
その手を煌斗が優しく抑えて止める。大きな手がふれあい、驚きながら煌斗を見つめる。
煌斗「じゃあまた今度飲み物でも奢って?」
穂乃のスマホを開くように指示し、あっという間に自分の番号を入れて着信履歴を残す。
驚いているうちに目の前にタクシーが止まった。
煌斗「呼んでおいたから。これで帰って」
穂乃「そんな、大丈夫ですよ。すぐ近くなんです!」
煌斗「いいから。夜はちょっとでも危ないの。この子一人お願いします」
お金を運転手さんに手渡す煌斗。
スマートで断る隙もない。
ドアが閉まる直前、思わず口が動く。
穂乃「あの!また、お会いできたら、うれしいです」
煌斗「うん、また会えるよ」
タクシーが走りだす。
バックミラーに彼の姿。
煌斗は街灯の下で、片手を軽く上げる。
握りしめたスマホに映る電話番号を見つめる。
穂乃モノローグ(車内で)『――恋って、こんなふうに始まるのかな』
タクシーのテールランプを見つめる、大人びた表情の煌斗。
煌斗モノローグ『やっと、見つけた。あの人が話していた、春みたいな笑顔』
煌斗「これは、運命ってことでいいよね。すみれさん……」
秋の夜風に吹かれている。
第1話終
穂乃(モノローグ)『恋をしてる時間なんてない——そう思ってた』
カップルや男女の集団がたくさんいる駅前の飲食街を一人で歩く穂乃の後ろ姿。寂しそうな背中。
白シャツにカーディガンを羽織り、低い位置で髪を束ねている。夜の街には似合わない清楚な女子。
桜庭穂乃(ヒロイン)初登場
肩までの柔らかな栗色の髪(実習後なので今は結んでる)、小柄(155cm)、タレ目の癒し系
金の筆記体で “Bar VIOLA”と書いてある黒い扉(後に訪れることになるので印象的に)
穂乃がぼんやりと視線を向ける。
女性「何ここ!おしゃれなバー!」
男性「金曜だし行こうよ、今週も頑張ったご褒美!」
女性「ふふ、最高!」
親しそうに腕を組んだカップルがドアを開けて入っていく。
穂乃は、通り過ぎながら少しだけため息。
穂乃(モノローグ)『いまの私は、まだ夢の途中だから、恋になんて浮かれていられない』
『でも、今日みたいに疲れた夜はなんだか少し、親しそうな恋人たちを羨ましく思う..人肌恋しいって、こういう気持ちを言うのかな』
人混みの向こうから、手を大きく振りながら走ってくる愛。
宮下愛(穂乃の親友)初登場。
長い黒髪を高めのポニーテールに結び、ライトグレーのカーディガン。健康的な笑顔。猫目。明るさ重視。
愛「ほの〜〜!おつかれー!」
暗い感情を隠し、柔らかく笑う穂乃の笑顔。
柱:カジュアルビストロ・テーブル席
レンガ造りの外壁にワインボトルが並ぶ小さなビストロ。
木製のドア。黒板風の看板に「Bistro Miel」の文字。
テラスのランプがふわりと灯っている。
木のテーブルと淡いオレンジのランプ。
壁にワインボトルとドライフラワー。
愛「おつかれ〜〜っ!」
穂乃「おつかれさま!」
ふたりがグラスを軽く合わせる。
愛「はぁ〜、やっと解放された!二週間、長かったね〜!」
穂乃「ほんとに……。朝も夜もずっと実習のことで頭いっぱいだった」
笑い合いながら、前菜をつつく。
愛が適当に頼んだたくさんのご飯がテーブルいっぱいに並ぶカット。
ラクレット、パスタ、アヒージョ、お肉。
目を輝かせてもりもりと食べる愛を見て微笑む穂乃。
穂乃の口角が徐々に下がり、フォークを持つ手が止まる。
愛「穂乃?元気ない?」
目敏く気づいた愛が、口いっぱいだった食べ物を飲み込んで真面目な顔をする。
穂乃「実は、最後の日だったのに、今日も失敗しちゃって」
ワイングラスの水面に、照明が揺れて映る。
穂乃の視線はそこに落ちている。
回想始まり
柱:病室・お昼の食事介助中
穂乃は、担当の利用者・山下さん(右半身の動きが少し不自由な高齢女性)の前に座っている。テーブルの上には、刻み+とろみ食。
穂乃(心の声)「今日は、昨日より落ち着いてる。大丈夫。練習したとおりに……」
穂乃はゆっくりスプーンを持つ。
山下さんの娘(母世代)「久しぶりに母の食事姿が見られる」と微笑みを浮かべる。
その言葉をきっかけに穂乃に緊張が走り、指先が震える。
スープがこぼれ、山下さんの口元に滴る。
穂乃「あっ……ごめんなさい……」
指導職員・原田さん(母世代。ふくよかで安心感のあるベテラン)が、穂乃の背後に近づき言う。
原田「桜庭さん落ち着いて。一呼吸おいてからもう一度」
表情は穏やかだが、患者の家族や周囲の利用者が見ているため、胸の奥にずしりと刺さり、穂乃の目には涙がにじむ。
穂乃(モノローグ)『悔しかった。どれだけ練習しても思い通りにできない自分が』
原田は穂乃の手からスプーンを受け取り「見てて」と言って実演を見せる。
穂乃は、目の前で行われる介助を黙って見つめる。
山下さんが、ゆっくり口を開き、食べてくれる。美味しそうに柔らかく微笑む。
山下「やっぱり原田さんの方が上手ねぇ」
※無邪気な笑顔。悪気はない。
回想おわり
柱:カジュアルビストロ・テーブル席
穂乃はフォークを置いて、手をぎゅっと握る。
穂乃「原田さんに変わった瞬間の、山下さんの安心した顔が忘れられないの。自分が情けなくて悔しい」※声は小さい。
愛「……」※黙って聞いている。真剣な顔。
穂乃「自分のことばっかりで、山下さんの表情を見れてなかったんだ」
愛は穂乃の目が少し潤んでいることに気づき、言葉を探す。
愛「緊張するよね……」※慰める言葉を探した結果の言葉。ベストな言葉が見つけられなくて悔しそうな表情。
穂乃「怖くても逃げないって、簡単じゃないんだよね。もっと頑張らないと」
※声は静かで強い。これからの覚悟が感じられる強い目。
愛はその横顔を見て、安堵の笑み。
愛「穂乃は、やっぱかっこいいね」
穂乃「え?」※不思議そうに
愛「穂乃はミスをしても絶対に『次はできるようになりたい』って言う。そういうとこ、ほんと尊敬してる。私も頑張らないとね!」
両腕で力こぶをつくりムキムキとする愛。
穂乃「そんな……私なんか落ち込んでばっかりだよ」
※恥ずかしそうに微笑み、グラスの縁を指でなぞる。表情は少し明るくなる。
愛「はいはい出た『私なんか』。謙虚すぎるのは良くないよ」
愛の芸人さんみたいな大きな指摘する仕草。
穂乃、思わず吹き出して笑う。
穂乃「ふふっ……ありがと、愛」
穂乃が笑うと、愛も安心したように笑い返す。
愛「よし、切り替え!今日はもう反省禁止!頑張った人にはご褒美タイム!」
勢いよくグラスを持ち上げる愛。
中の炭酸がぱちぱちと弾ける。
穂乃「ご褒美タイムー?」※柔らかい表情
愛も嬉しそうに笑いかける。
愛「ねぇ、このあともう一軒だけ行かない?」
穂乃「ありあり!」
穂乃も切り替えをアピールするようにごくごくとファジーネーブルを飲む。
愛「先輩が教えてくれたんだよ。ここから歩いて三分のところに入りやすいおしゃれなバーがあるって!」
穂乃「バー!?そんなとこ、20歳なりたての私たちが行ってもいいのかな……」
愛「ハタチだよ!?いいに決まってるでしょ!」※椅子から少し前のめりに
愛「私たちだってもう、おとななんだから!」
穂乃「……おとな、かぁ」※少し遠くを見るように呟く。
穂乃「なんか、ドキドキしてきた」※楽しみそうな、期待の表情
愛「決まり。行くよ!」 ※明るく笑って立ち上がる
二人の背中が並んで歩く。
その先に見えるのは、金の筆記体で “Bar VIOLA”と書いてある黒い扉。
穂乃(モノローグ)
『愛が連れ出してくれた大人への第一歩。このあと、出会う人が――私の人生を、大きく変えるなんて思いもしなかった』
柱:Bar VIOLA・入口
扉についたアンティークなベルが鳴る。
壁一面に並ぶボトルが照明を反射して、紫の光が揺れている。
玲奈「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
金髪ショートの女性バーテンダーがカウンターの奥から顔を上げる。
左耳に光るシルバーのピアス。白シャツに黒ベスト、キリッとした立ち姿。
愛「はいっ!先輩の矢野さんに聞いてきました!」※人懐っこい笑顔でカウンターに駆け寄る。
玲奈、少し目を細めて笑う。
玲奈「ああ!矢野くんの後輩。聞いてるよ、愛ちゃんだよね」
愛「そうです!愛です!あと友達の、穂乃です!」
突然の紹介に驚く穂乃。
軽く会釈して「おじゃまします……」と小声で返す。
玲奈「玲奈です、よろしく」※フレンドリーな距離感
カウンター奥で、氷を割っていた男がちらりと顔を上げる。
白シャツの袖をまくり、渋いヒゲと長い髪を後ろで一つに結んでいる。
玲奈「うちのオーナー、瀬良です」
瀬良「いらっしゃい。ゆっくりしていって」※低く落ち着いた声、大人な微笑み。
想像していたよりも会話も聞こえ、同世代も多そうなバー。それでもスーツ姿のお客様もたくさんいる様子。
玲奈「何飲む?」
愛「矢野さんが頼むやつがいいです!」
玲奈「ミント・ライム・モヒートね」
玲奈が手際よくミントを潰し、ライムを絞る。
玲奈「穂乃ちゃんは?」
穂乃「えっと……おすすめはありますか?」※少し緊張気味。
玲奈「じゃあ、スミレ・フィズにしようか。すみれのリキュールをソーダで割ってるやつ」※緊張をほぐすようにウインク
玲奈「はい、お待たせ。初めての夜に乾杯」
あっという間に作られたオシャレなグラスをカウンターに静かに置く。
ドリンクの上には紫色のお花が乗っている。
穂乃「……すみれ」※思わず小さくつぶやく
穂乃(モノローグ)『すみれ私の大好きな花だ……』
柱:Bar VIOLA・空いていた二人がけの小さな席(少し時間が経って)
グラスを半分ほど飲み進め、肩の力が抜けてきた。
愛が頬杖をつきながら、ニヤッと笑う。
愛「ねぇ、穂乃。最近恋愛とかはどうなの?」
穂乃「えっ、いきなりなに……!」※グラスを持ったまま、視線を泳がせる。
愛「だってさ〜。そろそろ彼氏とか欲しくない!?」
目を輝かせながら語る愛。次々と理想が出てきておかしくなる。
愛「で、穂乃は?」
穂乃「私?」※慌てて姿勢を正す
愛「そう。ほのって恋バナ全然しないじゃん〜、ほら、ないの?タイプとかさ!」
穂乃「うーん……」※言葉を探して、少し考える。
穂乃「なんか、恋愛って……うまくできる気がしないんだよね」※穂乃はグラスを持ち直して、小さく笑う。
穂乃「実習も増えていくし、彼氏のための時間とか作れるのかなって思うし」
愛「うん?」※関係なくない?みたいな不思議そうな表情
穂乃「介護の勉強だってまだ全然追いついてないし。今はちゃんと頑張りたいの。中途半端にしたくなくて」
熱が入り熱く語ると、愛は少し呆れたような表情。
「なによ」とわざとらしく睨んでから続ける。
穂乃「だってさ、介護って人の命に関わる仕事でしょ。まだ自分のことでいっぱいいっぱいなのに、恋愛なんてちゃんと向き合えない気がして」
愛「ほんと真面目だねぇ」※グラスを傾けて、変に大人っぽく呟く愛
愛「でも、これから大変になるからこそ、癒してくれる存在がいた方がいいに決まってるじゃん!」※自信満々なひとこと
穂乃「癒してくれる存在……」※つぶやきながら視線を落とす
愛「そう!頑張ってる時間もちゃんと応援してくれる人!」
穂乃「愛、理想高くない?」※吹き出す
愛「高くない高くない!そういう人、絶対どっかにいる!」
穂乃「いたらいいよね」※笑いながらも、グラスの中を見つめる
穂乃と愛、笑いながら恋バナで盛り上がる。
隣の席の男二人組が、こちらの方を見て笑いかけるカット。
一人は淡いベージュの髪にピアス。
明るくて人懐っこい印象(陸)
もう一人は黒髪に近いアッシュグレー、ダルっとした黒シャツ。クールそうな印象(海翔)
陸「ねぇ、二人で飲んでんの?よかったら一緒にどう?」
海翔「学生っぽいよね。俺らも大学生なんだけど」
穂乃は一瞬、戸惑ったように愛の方を見る。
視線で『どうする?』と問いかけるように。
愛「えっ、そうなんですか?ぜひ!」※反射的に顔を上げて、にこっと笑う。こういう人、タイプ!という感じの乙女な表情。
穂乃(心の声)「彼氏欲しいって言ってたばっかりだもんね。こういうの少し苦手だけど仕方ないかな」※苦笑い
陸「よっしゃー、おじゃまします!」※立ち上がって、穂乃たちの隣のテーブルに椅子を寄せる
愛「いいですよ〜」※軽いノリで笑いながら、グラスを持ち直す
海翔「おじゃまします。俺ら、陸と海翔ね」※軽く顎で笑う、ノリのいい感じ
愛「私は愛で、こっちは穂乃!」
穂乃「穂乃です」※人見知りして、軽く頭を下げる
陸「えーー名前もかわいい」
慣れないセリフに口角が引き攣る穂乃。
愛「じゃあ、改めまして、乾杯〜!」
陸&海翔「乾杯!」
愛「あ、ひとつ年上なんですね!しかも大学超近い!」
海翔「ね。愛ちゃんたち大学は、福祉系が強いとこだよね」
愛「そうですそうです。私たち介護の勉強してて!」
愛は海翔くんが気に入ったようであっという間に話し込んでいく。
その様子についていけず、暇を持て余すようにどんどんとお酒を口にしてしまう。
穂乃(モノローグ)
『Bar VIOLAの落ち着く空気が、少しずつ、違う色に変わっていく』
柱:Bar VIOLA・店の外(夜風)
穂乃がドアを押して出てくる。
頬がわずかに赤く、髪を耳にかけながら深呼吸。
穂乃「……ふぅ」※少し疲れている
穂乃(心の声)「ちょっと酔ったかも……」
夜風に当たりながら、壁にもたれる穂乃。
ガラス越しに中を覗くと、愛が楽しそうに笑っている。
穂乃(モノローグ)『すごいな、愛。誰とでもすぐに仲良くなれて、恋愛にも積極的で。可愛くて、明るくて。眩しい』
穂乃、肩にかけたカーディガンをぎゅっと握る。
穂乃(心の声)「……私は、やっぱり、恋愛って、ちょっと苦手かも」
店の扉が開いて陸が顔を出す。
笑いながら片手をポケットに入れて、軽い足取りで近づく。
街灯に照らされた髪が金色に光る。
陸「外、出てたんだ。ちょっと酔った?」※穂乃の表情を見てニコッと笑う。
穂乃「あ、はい……少しだけ」※姿勢を正して微笑むが、警戒気味
陸「涼しくて気持ちいな〜。俺も一回抜けてこよって思ってさ。あいつら、いい感じになってるし」
穂乃「え?」
陸「海翔と愛ちゃん。結構話盛り上がってるからさ。お邪魔かなって思って」
穂乃「あ……そうなんですか」※ガラス越しに中を振り返る。
海翔が愛に何かを耳打ちして、愛が声を上げて笑っている。
陸「ほら、ああやって楽しそうにしてるし、俺は空気読んで外に避難〜」
※冗談っぽく笑う。軽く手を広げてみせる。
穂乃(心の声)「悪い人じゃないのかも。空気読んで出てきたんだ」
陸は壁にもたれかかるように穂乃の隣に立った。
陸「ねぇ、俺らも抜け出さない?」
穂乃「えっ」※顔を向ける。
陸「ほら、あの二人いい感じになってるし。戻ったら、邪魔になるじゃん」
ガラス越しに、愛が海翔と笑い合っているを再度確認。
穂乃(心の声)「陸くんの言うとおりかも。愛は、きっと二人で話したいだろうし。でも……」
「行く」と言う気にもなれず迷う穂乃。俯く。
陸「いや、変な意味じゃないって!帰ってもいいんだけど!ほんと、もうちょっと話してみたいだけ」
穂乃「え……」※思わず息を呑む。
陸は軽く頭をかきながら、笑って続ける。
陸「あれだよ?付き合おうとかじゃなくて、もっと普通にさ。穂乃ちゃんのこと知りたいな〜って思って」
穂乃はさらに表情を曇らせる。
穂乃(心の声)「悪い人じゃないのはわかる。だからこそ、断りづらい。どうしよう、愛のために頷く?」
陸「どう?この先に静かなカフェバーがあるんだ。歩いて一分。……ね?」
※穂乃の目を覗き込むように、少し身を傾ける。
穂乃(心の声)「どうしようーー」
?「——困ってるように見えるけど」
穂乃と陸、同時に振り向く。
街灯の下に黒いコートの男性。
神谷煌斗初登場。
シャツの襟元からのぞくグレーのネクタイ。
煌斗の顔が月明かりに照らされる。
端正で、俳優さんみたいにかっこいいのに、どこか光のない静かな目。
煌斗「大丈夫?」※声は低く穏やか。
穂乃「あ……」
目が奪われる様子。何も言わずこちらを見つめるその表情に、頬が熱くなる。
穂乃の手が自然と胸元に触れる。
穂乃(心の声)「知らない人なのに、どうしてだろう。少しだけ、安心した」
穂乃、胸の前で手を軽く握りしめ、まっすぐに陸を見つめる。
穂乃「陸くんごめん。今日は遠慮します。誘ってくれてありがとう」
陸「ああ、そっか。うん、ごめん。無理に誘ったわけじゃないんだ」※少し気まずそうに
陸「じゃあ、俺ももう戻れないし帰るよ。ありがとね」※軽く手を上げてお店を後にする。
外が静かになり、穂乃はふぅ、と息を吐く。
煌斗「ちゃんと、言えるじゃん」※穏やかに、少しだけ微笑む
穂乃「え?」※驚いて顔を向ける。
煌斗「無理してる感じがしたから。断れてよかったね」※『えらいえらい』と子供扱いするように軽く笑う
穂乃(心の声)「バレてたんだ……」※頬が少し赤くなり、目線を落とす。
煌斗「入れば?冷えるよ」※慣れた手つきでお店のドアを開けて振り返る。
柱:Bar VIOLA・店内(夜の後半)
先ほどの席では、愛と海翔がまだ話に夢中。
楽しそうに笑う二人を見て、穂乃は立ち止まる。
穂乃(心の声)「戻れないな。荷物、置きっぱなしなのに」
カウンターの一番奥に煌斗が座り、カウンター越しに瀬良と話している。
瀬良「神谷。仕事終わり?」
煌斗「うん。相変わらず落ち着くね、ここ」
行き場を失った視線が親しそうに話す二人を見つめる。
玲奈が気がついて近くに寄って話しかけてくれる。
玲奈「煌斗くん、昔からの常連なんだよ。オーナーと仲良くて」
※笑いながらシェイカーを振る
穂乃(心の声)「……そっか。常連さんだったんだ」
煌斗「玲奈。いつものお茶ある?今日、酒飲めない」
玲奈「了解〜。VIOLA特製ハーブティーね」※玲奈が仕事に戻る。
穂乃はドア付近で立ち尽くしたまま、席に戻るにも戻れず、指先をそわそわ動かしている。
穂乃(心の声)「どうしよう……愛楽しそうだし、でも荷物……どうしよう……」
玲奈がおかしそうに笑って、お茶を入れながら声をかける。
玲奈「お嬢さん。今なら温かいハーブティーがお出しできますが、こちらにいかがですか?」
※冗談めかした様子で、煌斗が座る席の隣に手のひらを向ける。
煌斗「ああ、よければどうぞ」
※冗談に乗っかって王子のような気品のある手招きをされ、思わず笑ってしまう。
玲奈「飲み終わるまでに荷物とってきてあげるから」※天使のような優しいウインク
小さく会釈して、カウンター席に腰を下ろす。
玲奈がカウンター越しにカップをふたつ置く。
玲奈「はい、お待たせしました。すみれとジャスミンティーのブレンドだよ〜」
穂乃「すみれ……」※また呟く。
玲奈「スミレ・フィズおいしかったでしょ?きっとそれも美味しいから」
煌斗、湯気越しに穂乃をちらりと見る。
煌斗「美味しいよ、ここのは格別」
玲奈「玲奈が作るのはって言ってほしいな」
※親しそうに笑って、また瀬戸と煌斗が話し始める。
穂乃は、カップをそっと口元に運ぶ。
飲み込んだあと、胸の奥が少し熱くなり、ほっと安心する。
穂乃(モノローグ)『——すみれ。介護を目指すきっかけになった大好きなおばあちゃんの名前。
施設に入ったおばあちゃんの部屋に飾っていた紫の花』
カップを両手で包みながら、穂乃は目を閉じて味わう。幸せそう。
その横顔を煌斗が見つめている。
煌斗「すみれ、好きなの?」
穂乃「おばあちゃんの名前なんです。だからかな、私にとっても特別なお花で」
煌斗「おばあちゃんの、名前……」
※小さく繰り返す。少しだけ優しい響きが混じる。
煌斗は一瞬だけ視線を落とす。わずかな動揺。
瀬良「素敵な名前。穂乃ちゃんがうちの店に来てくれたのは運命だったのかもな」※グラスを拭きながら
玲奈「愛ちゃんと同じゼミってことは、穂乃ちゃんも福祉系だよね」
穂乃「あ、そうです。介護福祉を学んでいます」
瀬良「神谷も介護関係扱ってんだろ?いつかばったり会うかもね」
穂乃「そうなんですか……!」
※ぱっと顔を上げる。思わぬ共通点が嬉しくて笑顔に(おばあちゃんと似た笑顔)
煌斗が目を丸くする。
煌斗「ああ、うん。うちは福祉系の事業も扱ってる。支援システムの導入とか」
※少し上の空だった煌斗が、慌てて続ける様子。
煌斗「穂乃ちゃん……って、苗字は?」
穂乃「あ、桜庭といいます」
苗字を聞いて煌斗は考え込むように目を伏せる。何かを思い出したような表情で微笑む。
玲奈「煌斗くん、仕事モード入った?」
瀬良「すぐ営業モード入るの、悪い癖だぞ」
煌斗「違う違う。ただ……偶然ってあるんだなって」
穂乃「偶然?」
煌斗「いや……なんでも」※軽く首を振り、笑いで流す。
ハーブティーを飲み終わるまで、おばあちゃんについて熱く語る穂乃のカット。
穂乃「認知症だったんですけど、私のことは覚えててくれてる日も多かったんです。いつも優しくて応援してくれて。お母さんに拗ねられる時があるくらいおばあちゃんっ子でした」
幸せそうに大好きだった思い出を語る。
優しい瞳で見つめる煌斗。明らかに距離が縮まっている様子。
穂乃(心の声)「どうしよう……。酔ってるせいか、少し話しすぎちゃったかも」
穂乃「すみません私。話しすぎました。そろそろ……」
※恥ずかしくなって立ち上がる穂乃
玲奈が荷物をとってきて渡す。
煌斗がスマホを見て、立ち上がる。
煌斗「俺も帰るよ。穂乃ちゃんの分もつけといて」
穂乃「え!?そんなだめです!」
瀬良「はいよ。穂乃ちゃん、またおいで」
玲奈「またきてね〜!」
穂乃(心の声)「あっという間で断ることもできなかった」
穂乃(モノローグ)『大人の世界には出遅れる。だけど、憧れるような素敵な世界を見た気がした』
柱:Bar VIOLA・店の外(深夜)
穂乃「あの……!神谷さん!お金お返しします!」
煌斗「いーよ。いくつ違うと思ってんの」
穂乃「年齢は関係ないです!」
がさごそとカバンを探る穂乃。酔っているからか全然財布が出てこない。
その手を煌斗が優しく抑えて止める。大きな手がふれあい、驚きながら煌斗を見つめる。
煌斗「じゃあまた今度飲み物でも奢って?」
穂乃のスマホを開くように指示し、あっという間に自分の番号を入れて着信履歴を残す。
驚いているうちに目の前にタクシーが止まった。
煌斗「呼んでおいたから。これで帰って」
穂乃「そんな、大丈夫ですよ。すぐ近くなんです!」
煌斗「いいから。夜はちょっとでも危ないの。この子一人お願いします」
お金を運転手さんに手渡す煌斗。
スマートで断る隙もない。
ドアが閉まる直前、思わず口が動く。
穂乃「あの!また、お会いできたら、うれしいです」
煌斗「うん、また会えるよ」
タクシーが走りだす。
バックミラーに彼の姿。
煌斗は街灯の下で、片手を軽く上げる。
握りしめたスマホに映る電話番号を見つめる。
穂乃モノローグ(車内で)『――恋って、こんなふうに始まるのかな』
タクシーのテールランプを見つめる、大人びた表情の煌斗。
煌斗モノローグ『やっと、見つけた。あの人が話していた、春みたいな笑顔』
煌斗「これは、運命ってことでいいよね。すみれさん……」
秋の夜風に吹かれている。
第1話終



