取引先のエリート社員は憧れの小説作家だった

翠川雅人のアドバイスや指導や要望に合わせ、官能小説を書く日々……

ただ書くだけではなく、私自身に植え付けられていく感覚。

勝手に紡いでいってしまうストーリー。

橘さんは、毎日のように

「書いた!?」

と、待ちきれなくて連絡してくる。

部屋に押しかけてくる。

そして新しい設定を作って、私の意欲を動かそうとする。

「手に取るようにわかる……美鈴の心と体が響く場所が。そして、俺がまた新しく植えるんだ。」

私をコントロールして書かせて楽しむ橘さんを見て、これでいいのかと募った不安が……

爆発した。

「私もう書きません!!私はあなたの為に書いてるんじゃないんです!!」

「落ち着け。やり過ぎたのはわかった。でも本当にお前の書くこの世界は美しい。俺は好きだ」

「自分で書いてください!!」

私は橘さんと距離を置こうと、部屋のインターホンが押されても、スマホに連絡がきても無視をした。

橘さんは私の純粋な世界を汚した。

自分の欲望で。

もうあんな小説書かない!!

私は自分の好きな世界観で書くんだ!

会社から帰った後、パソコンに向かった。

頭をまっさらにした。

私の好きだった世界……

純粋でプラトニックな純愛……

そうだ、学生を主人公にしよう!!

青春ラブストーリー!

私はパソコンでざっと考えたのを打ち始めた。

でも──

何もストーリーが思いつかない……

「なんで……?」

この前までスラスラ書いてたのに。

先生の好きなストーリーだけど……。

なんであれはスラスラ書けるのに、これは書けないの……?

──橘さんのせいだ……

あの人にあんなストーリーを沢山書かされたせいで、私は変わってしまったんだ。

ショックだ。

あんな要望聞かなければよかった!

私は居ても立っても居られなくて、橘さんの部屋に行った。

インターホンを押したら、橘さんが出てきた。

「美鈴!よかった……やっと、やっと会えた」

橘さんが私に触れようとした。

その時、私はその手を払いのけた。

「あなたのせいです!」

「は?」

「あなたのせいで書けなくなってしまいました!自分の世界を!」

ぐっと手を握りしめた。

「何も思い浮かばないんです!つい前まであんなに書けてたのに!」

橘さんは冷静に私を見ていた。

「私は変わってしまいました!」

「お前は変わったんじゃない。目覚めたんだ」

「は……?」

目覚めた……?

「意味がわかりません……」

「その世界が、お前とリンクしたんだよ」

「それも橘さんが仕向けたんじゃないですか……」

「確かに最初読めとは言った。でもそれも含めて物語だから、そこに他意はなかった」

でも──

「お前はその世界に魅入られてしまったんだよ」

そんな……

「恥じる事じゃない。むしろ、書けた事を誇って欲しい。」

橘さんの瞳は真剣だった。

「誰にでもできる事じゃない」

そう言われると、複雑だ。

「創作は自由だ。この先、色々な経験を積めば、また違うものを書けるようになるかもしれない。」

橘さんの言うことは、作家をしてるただけあって普通の人が言う事とは重みが違う。

でも私にはまだわからない。

「そもそも恋愛でなくてもいい。ミステリーやホラー。ジャンルはいくらでもある」

そうだ……

私は、縛られ過ぎたのかもしれない

プラトニックな恋愛、翠川雅人の世界に……。

「人間が出てこない物語もある。もっともっと知るんだ。」

「……わかりました」

橘さんの言葉でやっと気持ちが落ち着いてきた。

橘さんは私をぎゅっと抱きしめた。

「美鈴の物語は綺麗だよ。」

「ありがとうございます……」

橘さんの温もりが心地よかった。

「酷い事沢山言ってしまって申し訳ありませんでした」

「いや、不安にさせてごめん。書いてる時辛かった?」

──それは

「辛くはなかったです……。」

「よかった。やめることは簡単にできる。やめたくないから辛いんだよな」

そうなんだ。

嫌ならすぐにやめればいい。

やめたくない。

書きたいんだ。

「……そうだ。お詫びに見せる。」

「何をですか?」

橘さんは書斎に行った。

そして私の前に、紙を持ってきた。

「読んでみろ」

そこに書いてあったのは………

翠川雅人の描く官能の世界だった。

短く部分的に書いてあった。

私は読んでるうちに震えてきた。

「これはダメです…翠川雅人がこの作品を出しては…」

想像以上にエグかった。

「わかったか。」

「橘さんの性癖はなんとなくわかりました…」

自分の創作に自信はないけど、橘さんだけは認めてくれている。

それが官能小説でも。

今はそれだけでいいんだ。

と思う事にした……。