君の事好きになっても良いですか?


*琴音*


玄関のドアを閉めた瞬間、
張りつめていたものが、
ふっと緩んだ。

「……ただいま。」

誰もいないはずの部屋にそう呟いた声が、
少し震えているのに気づいて、
私は思わず唇を噛んだ。

靴も揃えないまま、
鞄を床に置いて、
そのまま自分の部屋に向かう。

ドアを閉めて、鍵をかける。

……そこでようやく、
胸の奥に溜め込んでいたものが、
一気に溢れ出した。


「……っ/////!!」

ベッドに腰を下ろした瞬間、
心臓がばくん、ばくんと音を立て始める。

苦しいわけじゃない。
息ができないわけでもない。

なのに……どうしても……
胸の真ん中が、熱い。

理央君の声。
理央君の目。
私を見ていた、あの真っ直ぐな視線。

優しくて、どこか距離を保っていて。


「……どうして、こんなに……」

そう言葉にして胸に手を当てる。
ドキドキが、全然収まらない。

会っただけなのに。
一緒に帰っただけなのに。
手も、繋いでいないのに。

頭では分かってる。
私は、理央君と付き合ってた時の
記憶を、失っている。

楽しかったはずの時間も、
喧嘩した日のことも、
好きだって伝え合った瞬間も。

何ひとつ、思い出せない。

それなのに——

「……会いたかった。」

ぽつりとこぼれたその言葉に、
自分で驚いた。

会いたかった……
理由なんて、後付けなんだ。

学校が違うからでも、
矢口君の話を聞いたからでもない。

ただ……
理央君に、会いたかった。

胸が、きゅっと締め付けられる。
この感覚……

……おかしいよね。

記憶がないのに。
過去の“恋人”だった実感もないのに。

なのに……どうしようもなく……
隣に立っただけで安心して、
離れる時、少し寂しくなった。

それって……

私は、ゆっくりと左手を見る。

薬指にある、ペアリング。

冷たい金属なのに、
そこだけ、温かい気がする。


理央君が、
私をどう見ていたのか。

どんなふうに笑って、
どんなふうに名前を呼んでくれていたのか。

分からない。

でも……

今の私は……今日の私は……

私……好きなんだ……
理央君の事が……好きなんだ。

その事実だけは、
はっきりと分かった。

過去の記憶がなくても。
思い出の続きを知らなくても。

今日……
あの正門で……
あの帰り道で……

私はもう一度あなたに、恋をした。

同じ人に……
同じ名前に……
同じ優しさに……

「……理央君」

呼んだ名前が、胸の奥にすっと落ちる。

ドキドキは、まだ止まらない。

でも、不思議と怖くなかった。

記憶が戻らなくてもいい。
無理に思い出さなくてもいい。

私は、今の気持ちで、
また好きになった。

それだけで、十分だと思えたから。

ベッドに横になり、
天井を見つめながら、
私はそっと目を閉じる。

胸の鼓動を、
大切に抱きしめるように。

これは、
失った恋の続きじゃない。

新しく始まった、私の恋だ。



琴音 side 終わり