その言い方が、
いつもと変わらなくて。
謝る必要なんてないのに、
彼女はいつも、そうやって人に気を遣う。
そんな琴音が大好きでたまらなくなる。
理央
「……ここまで会いに来て」
「どうしたの?」
俺がそう言うと、
琴音は少しだけ視線を落とした。
琴音
「あの……ね。」
「矢口君から……聞いたの。」
「私……理央君と恋人同士」
「なんだって……。」
“俺と恋人同士”
その事実を、他人の口から知ったこと。
それが、琴音にどれだけ混乱を生んだか、
想像しなくても分かる。
理央
「……驚いたよね。」
そう言うと、
琴音はゆっくり首を大きく横に振った。
琴音
「驚いた、というか……」
「やっと繋がった、」
「って感じの気持ちで。」
その言葉に俺の心臓が一瞬で
跳ね上がった。
琴音
「この指輪も……」
「ずっと気になってたの。」
左手の薬指。
そこに光る、ペアリング。
俺は……
それを見ないようにしてきた。
見たら、
触れたくなるから。
だから、俺はあえて自分の
リングは外してた。
「今日ね……」
「どうしても、会いたくなったの。」
琴音は、そう言って、
俺の目をまっすぐに見る。
その瞳は、迷っているのに、
逃げていない。
目が離せない……。
理央
「記憶は……」
俺が問いかけようとした
言葉を言う前に琴音は話した。
琴音
「まだ、理央君と付き合ってる時の」
「記憶は戻ってないの。」
「でも……」
一度、言葉を探すように息を吸ってから。
「理央君が、」
「私にとって大切な」
「人だってことだけは、」
「ちゃんと分かるから。」
その言ひとつ、つひとつで
俺の中で、何かが崩れそうになる。
抱きしめちゃいけない。
琴音の気持ちに踏み込みたいのに……
思い出させようと、踏み込んでもいけない。
理央
「……ありがとう。」
俺は精一杯、感情を抑えて言う。
理央
「そう言ってもらえるだけで、」
「救われるよ。」
本当は、
“俺は今でも君が大好きだ”
って言いたい。
でも、それは
彼女の記憶を縛る言葉になる。
理央
「今日……」
「一緒に帰る?」
俺がそう提案すると、
琴音は少し迷ってから、
静かに頷いた。
琴音
「……うん。」
「一緒に帰りたい。」
その返事に、
胸の奥が、温かくなる。
並んで歩き出す。
肩が触れそうで、触れない距離。
昔なら、
指先が自然に絡んでいた距離。
俺は、
その距離を守りながら歩く。
琴音の家の最寄り駅で降り、
マンションが近づくにつれて、
時間が、やけに早く感じた。
琴音
「送ってくれて、ありがとう。」
琴音がそう言って立ち止まる。
そう言う彼女は、
優しくて、少しだけ寂しそうで。
まるで……また俺に恋してくれてる
みたいに都合良く思えてしまう。
理央
「こちらこそ今日、」
「会いに来てくれてありがとう。」
「……また、話そう。」
「後、今度一緒に行きたいとこ」
「あるから誘って良い?」
俺がそう言うと、琴音は、微笑んだ。
琴音
「うん!」
「良いよ!」
エントランスに入っていく背中を、
見えなくなるまで見送る。
——俺は、
恋人じゃない距離を選んだ。
でも、
それは離れるためじゃない。
もう一度、
彼女が自分の気持ちで俺を選べるように。
だから……ほんの少し……
ほんの少しだけでも……思い出せす
手がかりになれば……
俺はこの時、覚悟を決めた。
思い出のあの場所に琴音を誘うと……。



