「だから、失礼なこと」
「言ってたらごめんね。」
すると矢口君は、
慌てて首を振った。
「い、いえ!そんな……」
言いかけて、
ふと、思い出したように口を開く。
「琴音先輩、」
「……あの……」
そして矢口君は何気ない調子で、
私の世界を揺らす一言を言った。
「神谷崎高校の理央先輩と、」
「付き合ってる事は、」
「さすがに覚えてますよね?」
神谷崎高の理央君……?
その学校名と名前を聞いた瞬間、
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……え?」
矢口君は、私の反応を不思議そうに見つめる。
「え……?」
「あ、そっか……」
「それも、覚えてないんですか……。」
「……うん。」
その瞬間、
瑠斗の中で、何かが繋がったのだろう。
「あ……だから……」
言葉を濁しながら、
気まずそうに矢口君は視線を逸らす。
私は、
左手の薬指を見下ろした。
そこには、
今もペアリングがある。
「私の恋人が理央君……?」
声が、少し震える。
「そうですよ。」
瑠斗は、慎重に頷いた。
「結構……有名でしたよ。」
学校が違っても、
それでも“知られていた”関係。
私は胸の奥で、
何かが音を立てて崩れるのを感じた。
「……教えてくれて」
「ありがとう。」
そう言うと、
矢口君は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……」
「軽く言っていい話じゃなかったですね。」
「ううん」
私は、ゆっくり首を振る。
「知らなきゃ、」
「進めないこともあるから」
「教えてくれてありがとう。」
廊下に、またざわめきが戻ってくる。
矢口君と別れ、一人になった私は
左手の指輪を、そっと撫でた。
──放課後
理央君に会いたい……
確かめたい……
放課後のチャイムが鳴っても、
琴音はすぐに立ち上がれずにいた。
机の上に置いたままの左手。
薬指のペアリングが、
いつもより重く感じる。
神谷崎高校の……
理央君。
昼休みに聞いた言葉が
何度も頭の中で反響する。
”理央君と私は付き合ってる。”
その事実を知った瞬間から、
胸の奥が落ち着かない。
思い出せないのに。
何も浮かばないのに。
それでも——
無性に、会いたかった。
理由は、分からない。
ただ……
“確かめたい”という衝動だけが、
心を突き動かしていた。
考えれば考えるほど、
胸の奥がざわざわして、
じっとしていられなくなる。
私は、隣の席の千歌と、
その向こうにいる晃を見る。
そして、思い切って口を開いた。
琴音
「ねぇ!」
「千歌ちゃん、晃!」
私が名前を呼ぶと、
2人は同時に顔を上げて私の顔を見る。
千歌
「そろそろ帰ろっか!」
晃
「琴音、行くぞ。」
琴音
「あっ……待って!」
「私……」
「これから神谷崎高校に行って、」
「理央君に会ってくる。」
その言葉に千歌ちゃんが、
スクールバッグを持つ手が一瞬止まる。
晃も、
目を伏せたまま動かなくなる。
千歌
「……今日?」
「今から会いに行くの?」
千歌ちゃんが、慎重に丁寧に
問いかけてきた。
私は、小さく頷いた。
琴音
「うん。」
「どうしても……会いたい。」
晃
「突然だな……。」
「なんでそう思ったんだ?」
晃と千歌ちゃんは真剣な顔で、
私を見つめてくる。
凄く心配してくれているのが、
ひしひしと伝わる。



