君の事好きになっても良いですか?



夏休みの時間は、
いつもよりゆっくりで、
それでいて残酷だった。

学校に行かなくていい分
会わなくていい理由も、
会いたくなる時間も、
どちらも増えてしまう。

千歌ちゃんの家で話し合ってから、
数日が過ぎた。

最初の作戦は、
驚くほど地味なものだった。

”まずは……talkだけにしよ”

千歌ちゃんがそう言ったとき、
誰も反対しなかった。

“直接会う”のは、まだ早い。
“思い出の場所”に行くのも、まだ怖い。

だから、
今の琴音の日常に、そっと混ざる。

それが最初の一歩。


私のスマホが、
ベッドの横で小さく震える。

画面には、
”夏奈”の名前。

夏奈
《体調どう? 無理してない?》

琴音は、少し考えてから返した。

琴音
《うん、大丈夫だよ》
《まだ頭ぼーっとするけど》
《暇すぎて困ってるw》

すぐに、
スタンプ付きの返事が来る。

夏奈
《それならよかった〜》
《またお見舞い行っていい?》


グループトークの中で、
俺は発言しない。

名前を出さない。
既読をつけるのを遅らせる。

それが、
“距離を保つ”という選択だった。





──面会


病室のドアをノックすると、
静かな音が廊下に溶けた。
「どうぞ」という、
少しだけ弱々しい琴音の声。

扉を開けると、
白いカーテン越しの光が差し込む個室の中で、
琴音がベッドに身体を起こしていた。
頬はまだ少し青白いけれど、
目ははっきりとこちらを見ている。

夏奈
「琴音ちゃん!」
「こんにちわ!」

最初に声をかけたのは夏奈だった。

琴音
「夏奈ちゃん……千歌ちゃんも!」

琴音は一人ひとりの顔を
確かめるように見て、柔らかく笑った。
その笑顔に俺は、
胸の奥がきゅっと締めつけられる。

でも、ここで踏み込みすぎたら駄目だ。

俺は一歩、意識的に距離を保った位置に立つ。
名前も、視線も、触れたい衝動も、
全部飲み込んだ。

千歌
「体調はどう?」

千歌ちゃんが明るさを装って聞く。

琴音
「うん、だいぶ良くなったよ。」
「頭も痛くないし。」

そう言いながら、
琴音は点滴の管をちらりと見た。

少しの沈黙が続いた後、
夏奈が“作戦”の最初の一歩を踏み出す。

夏奈
「ねえ、琴音ちゃん。」
「退院って、いつ頃になりそうって」
「言われてるの?」


何気ない質問のふりをした声。
けれど……
その場にいる全員が息を止めて
琴音の返事を待った。

琴音は一瞬考えるように天井を見てから、
”あ、うん”と小さく頷いた。

琴音
「検査の結果も問題なかったから……」
「4日後に退院って言われたよ。」



その言葉に、
空気がわずかに緩む。

夏奈
「そっか……もうすぐだね。」

夏奈は笑顔でそう言ったけれど、
その奥には焦りがにじんでいる。

理央は、思わず一歩前に出そうになる。
退院したら、どこに行こう。
また、一緒に帰れたら。
また、手を繋げたら。

その全部を、喉の奥で押し殺す。

理央
「琴音……ちゃん。」
「……無理しないでね。」

俺が選んだ言葉は、
それだけだった。

琴音は不思議そうに理央を見上げる。
「うん、ありがとう……理央君」

その呼び方に、胸がちくりと痛む。
けれど俺は、微笑みながら頷いた。

——今は、これでいい。
——思い出させるのは、
俺じゃなくて……
時間と積み重ねで思い出してくれれば。

それが俺が選んだ
距離を保つ優しさだった。

すると少し時間が経過した頃、
琴音のお母さんが病室に入ってくる。
手には、小さな巾着袋。

琴音の母
「琴音、これ……」
「渡しておこうと思って。」


琴音
「これ……?」

琴音は首をかしげながら、
巾着袋を開けると、
見覚えのあるペアリングが姿を
現した。

琴音の母
「事故のときね、」
「手術室に入る前にお医者さんから」
「外すように言われて、私が預かってたの。」

そう説明されても、
琴音の表情は曇ったままだ。

琴音
「……私これ、」
「どうして持ってたんだろ。」

その言葉に、部屋の空気がぴんと張りつめる。


誰も答えない。
答えてはいけない。

俺は、視線を指輪からそっと外した。
言いたい……
全部、言ってしまいたい。
今、俺が着けてる指輪と琴音のその
指輪は”俺ら恋人同士の証”
なんだよって……。

それでも、言わない。


「大事なものだったんだと思うよ。」

晃が、静かにそう言うと
琴音は指輪を見つめながら、

琴音
「……うん、だと思う。」

と小さく頷いた。

その瞬間、私の胸の奥に
言葉にならない“違和感”が芽生えていた。
何か……大切な事を忘れてるような……。


理由はわからない。
でも、なぜか心がざわつく。

——この指輪。
——この空気。
——みんなの、少しだけ遠い優しさ。

そのすべてが、
忘れているはずの何かを、
静かに揺さぶり始めていた。