君の事好きになっても良いですか?


病院を出ると、
夕方の空はゆっくりと色を変え始めていた。
昼間よりも少しだけ涼しい風が吹いていて、
それがかえって現実を突きつけてくる。

誰も、すぐには口を開かなかった。

病院の自動ドアが閉まる音だけが、
”一度、外に出てしまった”
ことを静かに告げる。

琴音は、今も病室にいる。
それなのに……
俺達だけが日常へ戻ろうとしている感覚が、
胸に引っかかっていた。

遥陽
「……千歌の家、病院から近いよな。」

遥陽が、沈黙を破るように言った。

私は、少し考えてから頷く。

千歌
「うん、遥陽何回か来た事あるでしょ?」
「みんな……よかったら、うち来る?」
「今後のこと……ここで話すより、」
「落ち着けると思う」

誰も異論はなかった。

俺は、病院を振り返る。
あの窓の向こうにいる琴音を思い浮かべながら、
静かに頷いた。

理央
「……行こう。」

その一言で、全員の足が動き出した。



千歌ちゃんの家は、
病院から歩いて10分ほどの場所にあった。
俺達は千歌ちゃんの家のリビングに案内
された。
カーテン越しの夕陽が、
リビングを柔らかく染めている。

千歌
「とりあえず……座って。」

千歌ちゃんがそう言って、
簡単にお茶を用意し始める。

その背中は、
いつもより少しだけ強張っていた。

ソファに腰を下ろしても、
全員の視線は自然と床に落ちる。

“これからどうするか”

誰もが同じ問いを抱えているのに、
誰もが最初の言葉を選び迷っていた。

夏奈
「ねぇ……正直さ。」

最初に口を開いたのは、夏奈だった。

夏奈
「私……」
「どうしたらいいのか、」
「全然わかんないよ……。」

夏奈のその声は震えていた。
そのまま震えた声で続きを話す。

夏奈
「琴音ちゃんが無事だったのは、」
「本当に良かったと思うよ。」
「でも……」
「理央と付き合ってた記憶だけ、」
「抜けてるなんて……。」


遥陽は、深く息を吐いた後
言葉を出す。

遥陽
「記憶の抜け方がさぁ、」
「ピンポイントすぎるんだよな……。」

晃は、腕を組んだまま、静かに言った。


「感情が一番大きく動いた部分が、」
「抜けてるって……」
「医師が言ってたよな。」

その言葉が、全員の胸に重く落ちる。


「どうにかして、思い出させたい。」
「てか思い出して欲しいよな……。」

俺は俯いたまま、
何も言わなかった。
言えなかった。

私は、お茶を配り終えると、
自分もソファに座り、
ゆっくりと視線を上げた。

そして私は……
意を決したように、口を開く。

千歌
「……ねえ。」

全員の視線が、私に集まった。

千歌
「思い出させる、って言い方は……」
「正直、違うと思うんだ。」


その言葉に、理央君が顔を上げる。
理央君が1番辛いよね……。
私は、そのまま続けた。

千歌
「無理に“思い出して”もらうんじゃなくて」
「琴音ちゃんが、自分から」
「“あれ?”って感じる瞬間を」
「少しずつ、増やしていく……とか」
「どうかな……?」

遥陽
「増やす?」

遥陽が聞き返す。
私は、小さく頷いた。

千歌
「理央君と一緒にいた時間って」
「写真だけじゃなくて」
「言葉とか、空気とか……」
「日常の中に、いっぱいあったでしょ?」

その言葉に、
俺の脳内でそれぞれの記憶が胸に浮かぶ。

放課後の何気ない帰り道。
ファミレスでの会話。
さりげなく繋がれた手。

千歌
「それを……」
「“あの時、こうだったよ”って」
「押しつけるんじゃなくて」

千歌ちゃんは、言いながら
俺に視線を向けた。

千歌
「琴音ちゃんが“今の琴音”」
「として触れられる形で」
「もう一度、体験できたら……」
「何か、動くかもしれない。」

私が話しを言い終えると
部屋が、静まり返る。

それは、
希望を語っているのに、
どこか怖さも伴う提案だった。

夏奈ちゃんが、
ゆっくりと口を開いた。

夏奈
「……みんなで、」
「協力するってこと?」

千歌
「うん、そだよ。」

私は、はっきりと答えた。

千歌
「誰か一人に背負わせるのは、違う。」
「理央君だけが頑張るのも、違う。」
「だから……」
「みんなで、琴音ちゃんの」
「“今”を支えながら」
「理央君との時間も、」
「そっと混ぜていくの。」

理央は、しばらく黙っていた。

その間、
誰も急かさなかった。

やがて、理央君は小さく息を吸い、
静かに言った。

理央
「……それ、」
「俺が一番、怖い。」

理央君から正直な言葉が出た。

理央
「思い出さなかったら、って思うと」
「期待する分、壊れそうになる。」

私は、目を逸らさずに答えた。

千歌
「それでも」
「一人で抱えるよりは、」
「良いと思うよ。」


アキ君が、静かに頷く。


「俺も……賛成だ」
「誰かが踏み込みすぎたら」
「ちゃんと、止める。」

遥陽も、苦笑しながら言った。

遥陽
「チーム戦ってやつだな!」
「一人で空回りするより、」
「マシだな。」

夏奈ちゃんは、
拳をぎゅっと握って言う。

夏奈
「私も、できることする。」
「琴音ちゃんが安心できる場所、」
「守りたい……。」

俺は、みんなの顔を順番に見た。

――独りじゃない。

その事実が、
胸の奥で、静かに支えになる。

理央
「みんな……」
「……ありがとう。」

短いけれど、
確かな言葉をみんなに伝えた。

千歌ちゃんは、少しだけ微笑んだ。

千歌
「じゃあ、決まりだね!」
「“思い出させる”んじゃなくて」
「“一緒に、もう一度積み重ねる”」
「これで行こう。」

外はすっかり夕暮れで、
部屋の灯りがやさしく灯る。

それは、
壊れた関係を修復する会議じゃなかった。

失われた時間を、
“これから”で繋ぎ直すための、
静かなスタートだった。