君の事好きになっても良いですか?


*晃*

病院の白い天井を見つめながら、
晃は何度も、ゆっくりと瞬きをしていた。

機械音も、誰かの小さな話し声も、
すべてが遠くで鳴っているみたいで、
現実感がなかった。

琴音が、理央との記憶を失った。
その事実は、
頭では理解しているはずなのに、
心の奥ではまだ受け止めきれていなかった。

――もしも。

俺の中にふと、許されない考えがよぎる。
もしも今の琴音が、
理央を“知らない”存在として見るなら。

琴音が……俺の事好きになる可能性……

胸の奥が、ずきりと痛んだ。

それは期待でも、希望でもなく、
そう思ってしまった、
自分への嫌悪だった。

最低だな……俺。

こんな状況で、
こんな時に。
琴音が苦しんでいて、
理央が必死に耐えている
のを知っているのに、
自分だけが“可能性”なんて
言葉を思い浮かべている。

強く拳を握りしめた。
爪が掌に食い込むほど力を込めても、
その痛みは、胸の奥のざわめき
を消してはくれなかった。

琴音が泣いていた顔が、何度も浮かぶ。
理央の前で、必死に強がって
それでも零れ落ちた涙。
そして、理央が見せた何も
言えずに立ち尽くしていた背中。

――あいつは、逃げない。

俺はそれを、誰よりも知っていた。
理央は不器用で、言葉足らずで、
時々間違える。
それでも……
琴音を想う気持ちだけは、
揺らいだことがなかった。


俺が、割り込む場所じゃない……

たとえ今、
琴音の中で理央の存在が薄れていても。
たとえ“恋人じゃない距離”
が選ばれたとしても……

それは2人が決めたことで、
2人が向き合うための、
必要な時間なんだ。

晃は、静かに息を吐いた。
胸の奥に残る想いを……
ひとつずつ、丁寧に押し込めるように。

好きだという気持ちは、消えない。
きっと、この先も簡単には消えない。

でも……
だからこそ、
越えてはいけない一線がある。

守るって、傍にいることだけじゃない。


琴音が安心して立ち直れるように。
理央が自分を責めすぎず、
待てるように……。
そして、
琴音自身が“自分の気持ち”を
取り戻せるように。

俺は、胸の奥で決めた。

自分は、選ばれる側には立たない。
隙を狙うこともしない。
奪う事も、もうしない。

琴音の記憶が戻るその日まで……
いや、戻らなくても。

”幼なじみ”
という場所から、一歩も踏み出さない。

それは、諦めではなかった。
逃げでもなかった。

好きだからこそ、踏み込まない。
想っているからこそ、壊さない。

視線をゆっくりと扉の向こうへ向けた。
そこには、今も必死に耐えている理央と、
まだ何も知らない顔で検査室にいる琴音。

大丈夫だ……

誰に言うでもなく、
心の中でそう呟く。

この想いは、胸の奥にしまっておく。
表に出さなくても、
無かったことにしなくてもいい。


晃は静かに立ち上がり、
“覚悟”という名の一線を、
自分自身の中に引いた。

それが、今の自分にできる、
一番誠実な選択だと信じて。



晃 side 終わり