君の事好きになっても良いですか?


夜の病院は、
昼間よりも音が少なかった。

白い廊下に反響する足音が、
やけに大きく聞こえる。

琴音は眠ったまま。
医師からは
”今日はもう目を覚ます可能性は低い。”
と言われ、俺達は名残惜しさを
胸に残したまま病院を後にする。

理央
「……また、明日来よう」

俺がそう言うと誰も否定しなかった。

各自、自宅に帰宅する。
だけど……家に帰っても、
眠れる者は誰1人もいなかった。

ベッドに横になっても、
目を閉じると浮かぶのは、
意識を失う直前の琴音を
想像してしまう。

無事でいてほしい。
それ以上は、
まだ願えなかった。



──翌朝

まだ少し涼しさの残る空気の中で、
全員が病院に集まった。

昨夜よりも、
胸の奥がざわついている。

病室の前に立つと、
扉の向こうから、
微かに人の気配がした。

俺はそっとノックをする。


理央
「……失礼します。」


扉を開けると、
すでに琴音のお母さんが、
ベッドの横の椅子に座っていた。

眠っている琴音の手を、
両手で包むように握っている。

琴音の母
「みんな、来てくれたのね。」
「昨日はありがとうね。」

その声は、
一晩中起きていたせいか、
少し掠れていた。

俺達は軽く頭を下げ、
言葉少なに病室へ入る。

静かな空間。
規則正しく鳴る心電図の音。

琴音の寝顔を見た時、
瞼がわずかに揺れた気がした。

それに気づいたのは、
一番近くにいた琴音のお母さんだった。

琴音の母
「……琴音?」

その声に反応するように、
琴音の瞼が、ゆっくりと開く。

私はぼんやりとした視線の中
天井を見つめ、それから少しずつ、
周囲を認識していく。
ここ……どこ……?

琴音
「……お母さん……?」

その一言に、
母は思わず息を詰まらせた。

琴音の母
「ええ、そうよ……よかった……」
「目が覚めて本当に良かった……。」

私は、まだ眠気の残る顔で
ゆっくりと視線を動かす。

その瞬間、
全員の視線が一斉に私の方に向かう。

琴音
「……あ……」

私の口の中は乾燥で
かすれた声だけが病室に響く。

私は……ゆっくりお
一人ひとりの顔を、順番に見ていく。

——理央君。
——夏奈ちゃん。
——千歌ちゃん。
——晃。
——遥陽君。

名前は、ちゃんと頭に浮かぶ。

胸の奥に、
「知っている」という感覚も、ある。


琴音は、
少し安心したように微笑んだ。

琴音
「……みんな、どうしたの?」
「そんなに揃って。」


その言葉に、誰もが安堵した。

けれど……

琴音の視線が、
俺のところで止まる。

少しだけ、首を傾げる。

琴音
「……理央君?」

その呼び方に、
空気が、ほんのわずかに揺れた。

俺は、一歩前に出て
震えを抑えるように名前を呼ぶ。

理央
「……琴音。」

すると、琴音は驚いたように目を丸くする。

琴音
「え……?」

そして、琴音は……
困ったように笑った。

琴音
「どうしたの?」
「私のこと、呼び捨てで」
「呼ぶの初めてだよね?」
「ちょっとびっくりしちゃった///。」

琴音が照れながら言う。
その一言が、静かに確実に、
全員の胸に落ちた。

夏奈
「っつ……!」

夏奈は、
思わず千歌ちゃんの袖を
掴んでいた。

千歌ちゃんは、
何も言えず、唇を噛みしめる。

晃は、
表情を変えないまま、
拳を強く握った。

遥陽は、
冗談で流そうとして、
言葉を失った。

琴音は、
続けて首を傾げる。

琴音
「みんな……どうしたの?」
「辛そうな顔してるけど……」
「何かあったの?」

琴音の中にある記憶は、
確かに“本物”だった。

俺と出会ったことも。
みんなと仲良くなったことも。

——でも。

恋人になった、その先の記憶だけが、
すっぽりと、抜け落ちていた。