君の事好きになっても良いですか?


*晃*


俺は、病院の廊下に立ったまま、
しばらく動けずにいた。

白い壁に反射する蛍光灯の光が、
やけに冷たく見える。
足元の床は硬く、
ここが現実だと、何度も突きつけてくる。

——もしも。

その言葉が、
頭の中で何度も何度も繰り返される。

もしも今日、
図書館なんかに行かず、
琴音の家の近くにいれば。

もしも、
花火大会の前に
”一人で出るなよ”って、
ちゃんと強く言えていれば。


自分がどれだけ臆病だったのかを、
今さら思い知らされていた。

琴音は、昔からそうだった。

誰かが困っていれば、
迷う前に体が動く。
危ないと分かっていても、
”大丈夫”って笑って、
自分を後回しにする。

俺はそれを、ずっと隣で見てきた。

小さい頃、
転びそうな同じ歳の子をかばって
自分が怪我をした時も。

中学生の頃、
無理をしてクラスのまとめ役を引き受け、
夜に一人で泣いていた時も。

”お前、そういうとこだぞ”

そう言って、
軽く頭を叩いて、
冗談みたいに流してきた。

本当は、
止めたかった。
心配だった。
怖かった。

でも……

強く言えば、嫌われる気がした。
踏み込みすぎれば、
今の距離が壊れる気がした。

幼なじみという立場に、
俺は甘えていた。

分かってるだろ、って。
言わなくても伝わるだろ、って。

その結果が、今ここにある。

俺は、知ってたのに。

琴音が、無茶をする可能性を。
誰かを助けようとして、
自分を危険にさらすことを。

それなのに、
”お前なら大丈夫”なんて、
一番言っちゃいけない言葉で、
片付けてきた。

俺は、拳を強く握りしめた。

もしあの瞬間、自分がそばにいたら。

女の子に手を伸ばしたのは、
琴音じゃなく、
自分だったかもしれない。

階段から落ちたのは、
自分だったかもしれない。

そう考えた瞬間、
胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられる。


——代われたかもしれない。

その可能性が、
晃を一番苦しめていた。

理央に任せていたわけじゃない。
恋人だから、という理由で、
距離を取っていたわけでもない。

ただ、
自分の気持ちに正直になるのが、
怖かっただけだ。

守りたいと思う気持ちも。
失いたくないと思う気持ちも。

全部、
幼なじみという言葉の裏に隠してきた。

「……ごめん」

誰にも聞こえない声で、
晃は呟く。

謝る相手は、
目の前にはいない。

それでも、
言わずにはいられなかった。

晃は、
初めてはっきりと理解していた。

何もしないことは、
優しさじゃない。

踏み込まないことは、
思いやりじゃない。

守れたかもしれないのに、
守らなかった。

それが、
晃の後悔だった。


理央 side おわり