君の事好きになっても良いですか?



手術室の前の廊下は、
時間が止まったように静まり返っていた。

白い壁、冷たい床、
一定の間隔で鳴る時計の秒針。
その一つ一つが、やけに大きく感じられる。

誰も喋らない。
喋れない、が正しいのかもしれない。

俺はベンチに座ったまま、
両手をぎゅっと組み、
視線を床に落としていた。
指先が白くなるほど力を込めているのに、
胸の奥だけが、どうしようもなく震えている。


晃は立ったまま、壁に背を預けていた。
腕を組んでいるが、
それは落ち着くためではなく、
自分を必死に保つためだったと思う。

——まだ終わらない。
——まだ出てこない。

そんな思考が、何度も頭の中を往復する。
お願いだから……無事でいてほしい。


その時……

手術室の前にある赤いランプが、
ふっと、消えた。

誰かが息を呑む音がした。
それが誰のものだったのかは、
わからない。

自動ドアが静かに開き、
手術着を着た医師が一歩、外へ出てくる。

医師
「……手術は、無事に終わりました。」

その言葉が、
廊下の空気を一気に揺らした。


誰もすぐには動けなかった。
安心、恐怖、緊張が一斉にほどけて、
身体がついてこなかった。

医師
「現在はまだ眠っていますが、」
「命に別状はありません。」
「幸い、浴衣の帯がクッションに」
「なってくれたおかげで頭部以外は」
「強い打撲ですみました。」

「 頭部は強く打たれて一部」
「外傷が見られましたので」
「処置致しました。」
「明日、脳に異常がないか検査します。」


医師の説明で、
張り詰めていた糸が、ついに切れた。


最初に崩れ落ちたのは、
琴音のお母さんだった。

琴音のお母さんは、
医師の言葉を聞いた瞬間、
それまで気丈に立っていた身体が、
力を失うようにその場にしゃがみ込む。

琴音の母
「……よかった……」
「先生、ありがとうございます。」

声は、ほとんど息に近かった。
肩が小さく震え、
こらえていた涙が、ぽろぽろと床に落ちる。

それを見た瞬間、
夏奈の目からも、
堰を切ったように涙が溢れていた。

夏奈
「琴音ちゃん……っ」

声に出した瞬間、
もう止められなかった。

遥陽は唇を噛みしめ、
必死に耐えようとしていたが、
目の縁に溜まった涙が、静かに零れ落ちる。

千歌ちゃんは両手で口を覆い、
その場に立ち尽くしたまま、
嗚咽を必死に押し殺していた。

そして——

俺は、泣けなかった。

胸の奥が痛いほど苦しいのに、
涙だけが出てこない。

晃も同じだった。
2人共……
泣くことすら許されない気がしていた。