一段、また一段。
その時だった。
――かすかな、子どもの声。
「……あ……」
反射的に、顔を上げる。
四階の踊り場。
階段の柵に、
小さな女の子が身を乗り出していた。
六歳くらいだろうか。
細い腕で階段の手すり壁を掴み、
つま先が、今にも浮きそうになっている。
「……危ない……!」
考えるより先に、
体が動いた。
草履の音が乱れて、
息が一気に上がる。
一段、二段、
駆け上がって、
女の子の腕を掴んだ。
「大丈夫だよ……!」
「私が助けるから!」
自分でも驚くほど、
必死な声が出た。
女の子の体を、
こちら側に引き寄せる。
そして、私も階段の手すり壁を登ったまま
女の子を階段に座らせた。
――助かった。
そう思った、その瞬間……
足元がぐらっとバランスを崩し
ふっと、軽くなる。
えっ……?
……あれ?
重心が、自分だけ
後ろに流れていく感覚。
手すりを掴もうとしても、
手には、何も残らない。
「お姉ちゃん!」
助けた女の子の声が聞こえる。
空気が、
急に冷たくなった。
時間が、
ゆっくりになる。
視界が、
ぐるりと回って、
天井と階段と空が、
混ざり合う。
落ちる……。
その言葉が、
遅れて頭に浮かんだ。
「――っ……!」
衝撃が走る。
体のどこかが、
強く床に当たった感覚。
でも、痛みは、
すぐには来なかった。
代わりに、
音が遠ざかっていく。
「きゃあっ……!」
「誰か!!」
「救急車!!」
「何の騒ぎ?」
「えっ……?小川さんの娘さん!?」
「小川さんの娘さんが」
「階段から転落したの!」
「今救急車呼びました!」
「小川さんに伝えに行ってきます!」
誰かの悲鳴。
駆け寄る足音。
ざわざわとした声。
えっ……何……?
何が起こってるの?
自分が、
床に横たわっていることだけは、
ぼんやり分かった。
頬に赤い液が流れてるのが見える。
生暖かい……。
「琴音……!」
「嫌ーーーーーー!!」
聞き覚えのある声。
お母さん。
確かに、
呼ばれている。
……返事しなきゃ……。
そう思うのに、
唇が、動かない。
体が、
自分のものじゃないみたいだった。
凄く重たい……。
視界の端が、
少しずつ暗くなっていく。
まるで、
カーテンが閉じていくみたいに。
花火大会。
浴衣。
理央。
理央を……迎えに……
行くはずだったのに……
胸の奥で、
理央の名前を呼んだ。
理央ごめん……ね。
でも、その声も
だんだん小さくなっていく。
最初に音が途切れる。
そして次に光が薄れて……
最後に残ったのは……
ただ、静かな暗闇だけだった。
ぷつり、と。
視界も……意識も……
完全に途切れた。
琴音 side 終わり



