君の事好きになっても良いですか?

*理央*

みんなと旅行に行って4ヶ月が経つ。

梅雨が明けきらない空の下、
それでも街には確かに夏の始まりが漂っていた。

朝から強くなった日差し。
アスファルトに落ちる影はくっきりと濃く、
吹き抜ける風はまだ湿り気を含みながらも、
どこか熱を帯びていた。

制服の袖をまくる生徒が増え、
自販機の前には冷たい飲み物を求める人の列。
そんな何気ない景色の中で、
今年もまた、夏が始まろうとしていた。

高校生最後の夏休み。
楽しさも、不安も、
すべてが一気に押し寄せてくる季節。

8月5日。

それは、
俺が琴音に想いを告げてから、
ちょうど1年が経つ。

そして、5日後の8月10日。
2人が”恋人”になって1年の
記念日が控えている。

今年の夏も、
きっとたくさんの思い出を重ねていく。
——そう、疑いもしなかった。

東中園の花火大会。
夜空に咲く光の下で、
また隣を歩き、笑い合うはずだった。

この日が、
二人の運命を大きく変える日になるなんて、
誰も、想像していなかった。



東中園の花火大会・出発前
浴衣の帯を締め直しながら、
俺はスマホの画面を何度も確認していた。

――16時10分。

待ち合わせまでは、まだ少し時間がある。
それなのに、落ち着かなくて、
心臓だけが先に夏を始めているみたいだった。

もう1年か……

東中園の花火大会。
去年の今日、
俺は琴音に告白した。

あの時の緊張も、
花火の音にかき消されそうになった声も、
全部、昨日のことみたいに
鮮明に覚えている。

今年も一緒に行けるんだ……。
毎年行けたら良いなぁ。

小さく呟いて、玄関のドアを開けた。

夕方の空はまだ明るく、
じりじりとした熱が肌に残る。
屋台の準備をする匂いが、
どこか遠くから風に乗って流れてきて、
“今日は特別な日だ”と嫌でも実感させた。

東中園駅を降りて
琴音のマンションまでは、歩いて数分。
いつも一緒に歩いてきた道。

去年より、
今年の方が、
確かに距離は近くなったはずなのに……

何故だか不安が隠せないでいる。
……ちゃんと、大丈夫だよな。

晃の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
最近のあいつは、
琴音への気持ちを隠さなくなっていた。
俺に宣言したように琴音を奪う気で
行動している。
旅行の時だってそうだった……
琴音の手を握っていた。

信じてる……大丈夫だって。
でも、心のどこかで、
手放したくないのに俺の傍から
消えて行く琴音の背中が見えてしまう。
嫌だ……
そんなの絶対に許せない……。

そんな自分の独占欲が、
少しだけ嫌になる。



東中園駅に着いた途端、
スマホが震えた。

――晃。

嫌な予感が、
胸の奥を強く叩いた。

「……もしもし?」

電話口から聞こえてきた声は、
普段の晃とは、まるで違っていた。

息が荒くて、
言葉がうまく繋がっていない。

「……理央……!」


「急にどうしたんだよ。」


「琴音が……琴音が……!」


その一言で、
全身の血の気が引いた。


「琴音の母さんから」
「 俺に連絡がきて……」
「琴音……マンションの階段で……」
「子どもを助けようとして……」
「……4階の階段の手すりから」
「……落ちた……。」

一瞬、
何を言われているのか
理解できなかった。


「は……?」

頭が、真っ白になった。
全然冷静になれない……。


「救急車で、」
「もう病院に向かってるって……」

っつ……息が詰まる。

「俺も今知ったばかりで……」

晃の声が、震えているのが分かった。
そりゃ、震えるよ……。
俺も今震えてる……。


「理央には……ちゃんと」
「伝えなきゃって思って……。」


視界が、みるみる滲む。
頬に冷たい涙がこぼれ落ちた。
クソっ……!
ついさっきまで、
花火の音を想像していた自分が、
無性にムカついた。
こんな事になるなんて……
想像しなかった。

「晃……」
「……どこの病院だ。」
「俺もそっちに向かう。」

自分でも驚くほど、
声が低くなった。

「〇〇総合病院」

「分かった。すぐ行く!」

電話を切った瞬間、
俺は走り出していた。

浴衣の裾が絡んで、
息が苦しくて、
それでも、止まれなかった。

琴音……琴音……

頼む……。
お願いだから。
どうか――
無事でいてくれ。

まだ空は明るく、
花火は一本も上がっていなかった。





理央 side 終わり