白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

水色の領巾をつかんだのは、紫檀の袍に身を包んだ銀髪の男性だ。
それが誰かわかった朱華は、急いでその場に跪いて言った。

「申し訳ございません。大変ご無礼をいたしました」

彼――高天帝の背後には二十代後半とおぼしき剣獅(けんじ)と呼ばれる護衛官がおり、険のある口調で言う。

「龍帝陛下の御前を汚し、あまつさえ拾い物をさせるとは何事だ。尚侍に言って処罰させる、名を申せ」
烈真(れっしん)、よい。わざとではなかろう、咎め立てする必要はない」
「ですが」

剣獅を制止した高天帝は、相変わらずどこか気だるげだ。
彼が朱華に向かって口を開いた。

「先月、新しく入った采女だな。名は何といったか」
「し、朱華と申します」
「袖にたすきを掛けているということは、奉職の最中だったのだろう。このように暑い中、外で作業をするのは大変なことだ。仕事にはもう慣れたか」

彼が思いのほか気さくに話しかけてくれ、朱華はひどく驚いていた。

何しろこの国でもっとも権力を持ち、人にあらざる存在だ。それは見た目からして顕著で、てっきり気位が高く下々の者には興味がないのかと思っていた。

だが実際の高天帝は風で目の前に領巾が飛んできても怒りはせず、こちらの無礼を許す鷹揚さがある。朱華は地面に跪いたまま答えた。

「他の采女の方々が大変親切にしてくださり、まだまだ至らぬところはございますが少しずつ勉強しているところでございます」
「〝周囲に仕事を押しつけられている〟の間違いだろう。今は既に、他の者たちは昼餉の時刻のはずだ。違うか?」

突然そんなふうに指摘され、朱華は返答に詰まる。
高天帝が言葉を続けた。

「人というものは、群れれば自分より下の立場の者を作りたがる。そうして楽をし、嗜虐心や優越感を満たそうとするんだ。何とも醜いものだな」