白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

だがそれは、風峯に対する免罪符になるはずだ。

新顔の采女にはなかなか龍帝の身の周りの世話をする役目が回ってこないと言えば、暗殺できないことへの言い訳が立つ。

自分が新顔いびりに耐えて母の生活が成り立つのなら、この程度は何でもない。そう結論づけた朱華は、その後華綾の采女としての仕事に黙々と打ち込んだ。

毎日萩音の講義を聞き、花壇で花の手入れをし、皇極殿の掃除をして日が暮れる。だが抵抗しないことで甘く見られたのか、先輩の采女たちのいじめは執拗になってきた。

彼女たちは日々の鬱憤を晴らすように朱華を聞こえよがしに当て擦り、面倒だったり手が汚れる仕事を平気で押しつけてくる。

今日は持ち回りの奉職である洗濯を昼餉の前に押しつけられてしまい、そこに通りかかった美月が言った。

「手伝うわ。あの人たち、朱華が言い返さないのをいいことに、自分の仕事をやらせるなんて卑怯よ。さんざんお喋りして午前に済ませるべきことをやらなかったんだから、上の人に報告したほうがいいんじゃない?」
「そんなことをしても、また陰で同じことをされるのは目に見えてるわ。昼餉に遅れてしまうから、美月は先に行って」
「でも」
「大丈夫だから」

彼女が後ろ髪引かれる様子で立ち去ったあと、朱華は衣の大袖をたすき掛けして考える。

(さて、さっさとやってしまわなきゃ)

井戸から水を汲み、洗濯板と石鹸を使って洗濯物を擦り始める。

今日は朝から気温がぐんと上がり、じりじりとした夏の日差しが辺りに降り注いでいた。やり残していた数はそう多くはなく、額ににじんだ汗を拭いながら水で丁寧に濯いだ朱華は、それをきつく絞る。

そして物干しに干そうとしたものの、そのとき突然吹いた突風によって領巾(ひれ)が一枚飛んでいってしまった。

「あ……っ」

薄絹でできた領巾は風に乗って高く舞上がり、あらぬほうへ飛んでいく。

朱華は見失わないように注視しながら、それを小走りに追いかけた。どこかに引っ掛かってくれればいいが、淡い水色のそれはヒラヒラと飛んでいき、止まる気配がない。

川に掛かった朱塗りの橋を渡った朱華は、ふいに前方にいる人影が領巾をつかんだことに気づいた。

急いで礼を言おうとした瞬間、相手の容貌を見てハッと息をのむ。

(あの方は……)