白桜国夜話 死を願う龍帝は運命の乙女に出会う

謁見の間を出ると一気に緊張が緩み、朱華はその場にへたり込みそうになるのをすんでのところでこらえる。

廊下を進んで皇極殿から出ると、そこには着飾った女官が二人いて、風峯に向かって礼を取って言った。

「ご令嬢をお迎えに上がりました。これより采女たちが住まう、(すい)霞宮(かきゅう)にご案内します」
「おお、これはかたじけない。朱華、ここでお別れだ。今日より華綾の采女として、龍帝陛下によくお仕えするように」
「はい、お義父さま」

風峯が去っていき、朱華は二人の采女に連れられて皇宮内にある翠霞宮に向かう。
そこで迎えたのは、二十代半ばとおぼしき美貌の女性だった。

「あなたが朱華ね。わたくしは尚侍の萩音(はぎね)、華綾の采女を束ねる者です」

朱華は両腕を上げ、そこに顔を伏せて礼を取ると、丁寧に挨拶をした。

内蔵頭(くらのかみ)・風峯の娘、朱華と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「あなたにはまず、他の新顔と共に皇宮の構造や采女の仕事の詳細を勉強していただきます。それと並行して実地で雑務を教えますので、一日も早く覚えてくださいね」
「承知いたしました」
「それからあなたの荷物は、もう部屋のほうに運んであります。祢音(ねね)、案内してあげてちょうだい」
「はい」

翠霞宮の中には小部屋がいくつもあり、そこが采女たちの私室だ。

室内は寝台と文机、それに衣裳が入った長持(ながもち)だけが置かれた狭い空間だったが、朱華はかえってホッとした。

長持を開けると、そこには風峯が用意した衣裳や装身具、化粧道具があり、それらを整理しながらじっと考える。

(龍帝陛下が、銀の髪と赤い瞳の持ち主なのは本当だったんだわ。風峯さまは「龍の化身といわれる陛下だが、それはよくある建国神話で、実際は常人(ただびと)にすぎないに違いない」と言っていたけれど、あのお姿からするとやはり龍が人の器に留まっているというのは間違いない気がする)

人間離れした美貌もさることながら、朱華を圧倒したのは彼の威厳と気品だ。
座っているだけで生まれながらの為政者という雰囲気を醸し出していて、視線を向けられるだけで身が竦む気がした。