桔梗はそう言って朱華の手を握り、微笑んで言う。

「実はね、私、内職を始めようと思っているの。ご近所の人に紹介してもらった繕い物の仕事で、家の中で座ってできる作業だから身体への負担も少ないわ。だから朱華、一人で頑張ろうとしなくていいのよ。私たちがこれから生活していくにはどうしたらいいか、二人で考えていきましょう」

母がただ養われることをよしとせず、自分ができることで金を稼ごうとしているのを知った朱華は、涙が出そうになる。

本当は風峯の屋敷の仕事を辞めて、遠くに行きたい。そこで母と二人、つつましくも穏やかに暮らせたら、どんなにいいだろう。

(でも、それはもう無理だわ。きっとこの家は見張られていて、わたしが逃げるそぶりを見せた途端に始末しようとするはず。もしかしたらお母さんのことも同時に手にかけるつもりかもしれない)

改めて自分がとんでもない話に巻き込まれてしまったのを自覚し、朱華の胸が苦しくなる。
だが父が亡くなった今、桔梗を守れるのは自分だけだ。そう強く思いつつ、彼女の手を握り返して言った。

「ありがとう、お母さん。でもいくら座ってできる作業でも仕事なると納期が発生するし、体調次第で無理をしなければならないときがあるかもしれないわ。だからあまりやってほしくない」
「朱華、でも――」
「わたし、実は風峯さまのお話をお受けするってもう言ってしまったの。だから明日からは、あちらのお屋敷で暮らすことになるわ」

桔梗が「……そんな」とつぶやき、朱華は彼女を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。風峯さまは内蔵頭(くらのかみ)として名高い方だから、滅多なことは起こらないわ。そんな方に目を掛けていただけたんだから、光栄に思わないと」

すると彼女は複雑な面持ちになり、ポツリとつぶやく。

「急に明日からあなたがいなくなるなんて……急な話で何と言っていいか。風峯さまから直接お話を伺うことはできるのかしら」
「お忙しい方だから確約はできないけれど、家令の常行さまはお母さんに丁寧に説明をしてくださると思うわ」
「そう」