「あう、うー」

胸に抱くフィオの額に、『眠い』という文字が浮かんでいる。

私は両腕で抱きしめ、トントンとあやしながら、

(絶対にこの子を守らなければ。
 ……それが私の使命だわ)

カルヴァン皇帝、聖女ルイズ様、元騎士団長アーサーさん、そしてーー亡き兄の、レオ。

その全員が、フィオの平穏な生活を望んでいるのだから。

「必ず守りましょう、この子を」

「……ああ、俺にはそんな資格はないと思っていたが、この偶然も運命なのだとしたら、享受しよう」

レオを守れなかったことをずっと悔いていた彼の前に、突如現れた『神託の巫女』と、レオにそっくりな弟。

「今度こそ必ず守る。フィオも、君も」

私とアーサーさんは目を合わせ、どちらからともなく頷いた。


眠ったフィオの髪を撫でながら、私は膝に置いていた、アーサーさんが貸してくれたハンカチに気がつく。

「すみません、洗って返しますね」

「構わない」

  涙を流してしまった私に、そっと差し出してくれた。
そういえば、以前も彼の優しさを感じた時があったなと思い出す。

「この前眠ってしまった私に、寒く無いようかけてくださった上着も、洗ったんで一緒に返します」

  フィオの看病疲れで、椅子で寝落ちしてしまった私の肩に、アーサーさんは上着をかけてくれたのだ。
今朝洗って干したので、返すと伝えた時、ふと思い出した。

 上着の裏に、特徴のある上等な金の刺繍が施されていたのを。

「ーーそういえば、あの上着の内側に、剣の柄の金の刺繍がされてましたよね」

「ああ。王宮に勤める者の印だ。
 あれは王宮騎士団長だった頃の上着だからな」

上等な生地で綺麗に仕立てられた上着だったので納得だ。

私の頭に、同じ剣の柄の刺繍の服を着た人が思い浮かんだ。

「じゃあ、今朝挨拶しに来たあの男性も、王宮に勤めてたのかしら」

洗濯をしていた私に話しかけ、イチジクをくれた、優しい老紳士。

「……なんだって? 王宮に勤めていた人が、挨拶に来た?」

私の世間話に、アーサーさんは何か引っかかったのか、片眉を上げて前のめりに聞いてきた。

「ええ、歳だから隠居してこの辺りに住むと言って引越しの挨拶を。白髪の優しそうな紳士で、名前はーーグレンさんって言ったかしら」

私が首を傾げながら伝えると、


「グレンだと!?」


アーサーさんは大きな声を上げた。

私がその様子に驚いていると、彼は口を押さえて驚愕しているようだった。

「お、お知り合いですか?」

私が恐る恐る尋ねると、

「彼は王妃が婚約した際に招聘された側近で、王妃の兄ランティス宰相の手のかかった者だ……!」

アーサーさんの言葉に、私も絶句する。

王妃の兄、ランティス宰相は、「皇帝の落とし子の暗殺」の黒幕であり、アーサーさんの過去に黒い影を落とした張本人ではないか。

「そんな……!」

「宰相の右腕の彼が簡単に隠居なんてするわけがない。ここに偵察に来たんだ」

銀髪の素性不明の青年が、辺境に暮らしているという噂を聞いたのか。

それとも、金髪の赤子を抱えた若き女性が町にいたと知ったのか。

何故かはわからないが、敵勢力は情報の尻尾を掴んだため、偵察をしにきたに違いない。

「くそ、フィオの存在も、この場所もバレているということか……!」

アーサーさんは銀髪を掻き上げ、焦ったように立ち上がり、私の腕の中で眠るフィオを見下ろした。

初めて見たアーサーさんの鬼気迫る顔を見て、呑気に洗濯をしていて、私は敵勢力に挨拶をしてしまった己の浅はかさに打ちひしがれていた。