「ごめん、電話中だったんだ。気付かなかった〜」


いつもの軽い口調で言う先生を、じろりと睨みつける。


「電話中じゃなくてもびっくりしますから! 背後取るの禁止です」

「あはは〜。ごめんね〜」


軟派にも見える先生だけど、男女関係なく、誰に対しても同じテンションで距離が近い。

付き合いも4年目にもなるので、この程度のあしらいはお互いに慣れっこだ。


「彼氏さんと電話してたの?」

「はい。出張が長引いて、約束してた日に会えないって」

「あちゃー。でもアキちゃん、随分ケロッとしてるね?」


スプリングコートのポケットに両手を突っ込んで、大橋先生が首を傾げる。

ざっと吹いた強い風が、咲き乱れる淡雪のような花を大きく揺らす。


「こんなことで落ち込んでたら、キリがないので」


薄暗い空気を吹き飛ばすように、口角を持ち上げて笑ってみせる。

無理なんてしていない、心からの表情だった。




遠いところで扉の開く音がして、ゆっくりと意識が浮上する。


「……あれ、寝てた?」


だるさの残る体をソファから起こすと、帽子を深く被り、伊達メガネをかけた有斗がリビングの入り口に立っていた。