コスト面など理由は色々とあるけれど、一番は有斗とのことを考えてだ。


高校3年生の時、ドラマに出演したのを機に、本格的に演技の世界に足を踏み入れた有斗は、今、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している。

多くのドラマや映画に出演して着実にキャリアを積み、近年ではマカデミー賞で新人俳優賞を受賞したり朝ドラでヒロインの相手役を務めたりするなど、世間に広く認知される存在となった。


つい先日、今放映中のドラマがクランクアップしたかと思えば、明日の午後はアンバサダーを務める世界的ブランドの内覧会に出席するという。

まだ情報が出ていないので詳しくは知らないけれど、来週からは映画の撮影が始まるらしい。


表舞台に立ち続ける有斗だから、わたしが一人暮らしをしたとしても、イチ社会人が一人暮らしするような家に出入りなんて出来るはずがない。

ここから電車で1時間かかる距離ではあるけれど、隣り合う実家なら出入りしても違和感はないし、撮られる危険性も少ないと考えて、わたしは実家に留まることを選んだ。


「なー、美月」

「うん?」

「明日の朝、車で送ってくからさ。今日も泊まってよ」


頭上で響く落ち着いた声。長い指は、わたしの右手に輝く指輪に触れ続けている。