柱:通学路・朝

ト書き
春の朝。新緑が揺れ、校門へ続く並木道に柔らかい光が差し込む。
いつもと変わらないはずの登校時間──
心音はいつも通り歩いていたが、道の先で颯真がまるで待っていたように立っている姿を見つけ足を止める。
颯真、制服の襟を整え、こちらを見るその目には、静かで、それでいて熱っぽい光がある。
心音の胸がドクンと鳴る。

心音(心の声)「どうしよう……。昨日のこと思い出しちゃう!」

ト書き
心音、少し顔を伏せる。

颯真(唐突で、しかし拒否の余地を与えない声)「……一緒に行く」

心音(少し顔を上げ、戸惑うように)「……待ってたの?」

ト書き
颯真は一拍置いてから答える。

颯真(淡々と)「悪いか?それに、心音が来る時間、だいたいわかってたから」

心音(心の声)「……なにそれ。そんな言い方されたら、意識するに決まってる……」

ト書き
心音は頬を赤らめながら、ゆっくりと彼の横に並ぶ。
歩き出すと、ほんの少しだけ肩が触れた。
颯真は表情を変えないが、わずかに息を呑んだ気配がする。

心音(心の声)「昨日の……あのキスのこと、まだ頭から離れない。距離が近いだけで、胸がざわつく……」

ト書き
颯真の横顔はどこか柔らかく、静か。
しかし、心音の胸は落ち着かない。

柱:教室・休み時間

ト書き
心音がプリントを友人の男子に渡す。

男子「ありがとう、有坂」

ト書き
その瞬間、ガタンと、颯真の席の椅子の脚が引かれる音がする。
心音が振り返り、颯真と目が合う。
颯真、不安と苛立ちが混じったような目。

心音(心の声)「……え?な、なんでそんな顔……」

颯真(心音に近づいて、小声で)「……見せつけてんの?」

心音(びっくりして、颯真から離れるように後ずさる)「っ……違うよ。ただ渡しただけで……」

颯真「……そう」

ト書き
颯真、目をそらす。
だが口元は固いまま。
心音、ざわりとした感情になる。

心音(心の声)「優しいのに……どこか重い。昨日までは見たことなかった姿……」

柱:文芸部部室・放課後

ト書き
心音はパソコンの前に座り、小説の続きを書こうとする。
だが指が動かない。
言葉が浮かばず、光るカーソルだけが画面で点滅している。

心音(心の声)「どうしよう……集中できない……」

ト書き
颯真は隣の席。
視線は原稿に向いているようで、どこか心音の気配に寄り添っている。
椅子がわずかに動く。
距離が縮まる。

颯真「……無理してる?」

心音「ううん。大丈夫……」

ト書き
心音、表情が曇る。

心音(心の声)「昨日のことがずっと頭の中を占めてる……颯真の声、息、距離……。なんだろう、私……。自分が自分じゃないみたい」

ト書き
タイピングが止まる。
颯真は心音の横顔を見つめる。
その眼差しには、心配と、独占欲と、愛しさが混ざっている。
心音はその視線に気づいて、さらに胸が締めつけられる。

心音(心の声)「優しくて、怖くて……でも、嫌じゃない……私、本当にどうしちゃったんだろう……」