〇〈グランツ〉本社・クリエイティブ本部/深夜

資料提出前夜。
フロアの半分以上が消灯し、デスクライトだけが点在する静かなオフィス。
窓の外は完全に夜の帳に沈み、ガラスには結衣の姿だけが映り込んでいる。

結衣はひとりデスクに向かい、冷えた指でマウスを握りしめながらデザインの最終調整をしている。
肩は張り、目は疲れている。それでも妥協する気配はない。

結衣(だめ。今日中に仕上げないと……中途半端なものなんて絶対に出したくない……)

そこへ、静寂を裂くように足音。
ドアの影から、ジャケットを脱いだ堂本慧が現れる。
シャツの袖を軽く折り返したラフな姿。

慧「……まだ残ってたのか」

結衣「ど、堂本さん……」

慧、結衣の横に立つ。

沈黙。
パソコンのファンだけが、かすかに回り続けている。

結衣「……あと、ここを整えて……それから……」

慧「こんな時間までひとりで作業か。……頑張るのはいい。でも無理はしないで」

結衣「す、すみません……あと少しだけ、仕上げたくて……」

慧「謝ることじゃないよ」

慧「その配色、いいね。……ここ、少し触っても?」

結衣「……はい。どうぞ」

結衣が椅子をずらすと、慧も画面を覗き込むように身を寄せ――
マウスに伸ばした慧の指先が、結衣の指にかすかに触れる。

互いに息を呑む一瞬。
結衣の胸が跳ね、慧は視線を逸らす。

結衣「……っ」

結衣(何これ……指先だけなのに……っ。心臓が……苦しい……)

慧「……悪い。わざとじゃない。君の邪魔をしたいわけじゃなかった」

結衣「い、いえ……そんな……」

沈黙が落ちる。

慧「……続きは明日にしていい。帰りが遅くなると危ない」

結衣「堂本さんは……もう帰られるんですか?」

わずかに息を呑む慧。

慧「……君が帰るなら、一緒に出るよ」

結衣「……え……」

結衣(そんな言い方……されたら……意識しないなんて、無理……)