〇出社四週目・午後/〈グランツ〉クリエイティブ本部 大会議室

中央のモニターには、結衣のデザイン案が映し出され、複数の視線が一斉に注がれる。
慣れない空気に、結衣の喉がひゅっと狭くなる。

デザイナーA「……この色の抜き方、いいね。若いのに、ちゃんと“狙って外してる”」

デザイナーB「方向性がぶれないのは強い。うちのチームにはいなかったタイプだな」

プロデューサー「これ、通そう。クライアントにも刺さるはずだ」

結衣の視界がじんわり滲む。

結衣(よかった……徹夜で直した甲斐、あったんだ……)

会議が終わり、人が散り始めた瞬間――背後から刺すような声が届く。

女性社員1「……あれで本当に通っちゃうんだ。大学生のデザインが?」

女性社員2「通るよ。だって――堂本さんのお気に入りだし」

女性社員3「ほんと、“あの子だけ”特別扱い。見てれば分かるでしょ」

結衣の呼吸が浅くなる。

結衣(……そんな……)

結衣(ちがう……そういうことじゃないのに……)

手が震え、足がうまく動かない。
結衣は資料を抱えたまま会議室を出て、人の少ない廊下へ逃げるように出る。

壁にもたれて深く息を吐く。

結衣(がんばっても……信じてもらえないの?)

結衣(“堂本さんに気に入られてるから”……そんな理由で?)

結衣(私は……私の力で認められたいだけなのに)

結衣、涙ぐむ。

結衣(泣きたくない……ここで泣きたくない……)

そのとき――。

慧「……白石さん」

結衣、びくりと肩が揺れる。
振り向くと慧が立っていた。
慧、急いで来た様子で、スーツの襟が少し乱れている。

慧「……どうした」

結衣「い、いえ……なんでも……」

結衣が首を振ろうとすると、慧は一歩近づき、廊下の壁に手を添えて逃げ道を塞ぐ。

慧「無理して笑わなくていい」

慧「……さっきの、聞こえてた」

結衣ははっと目を見開く。
慧は結衣の手元に視線を落とす。
握りしめられた資料の角がぐしゃりと潰れ、指先は小さく震えている。
慧の指が、そっとその手に触れる。

慧「気にするな。ああいう声は、努力してる人間にしか飛んでこない」

結衣「……でも」

慧「君の案は、実力で通った。俺は何もしてない」

結衣「……そんなふうに……みんな思ってなくて……」

慧「みんなじゃない」

慧「君のデザインをちゃんと見てる人は、確かにいる。……俺も、その一人だよ」

涙がこぼれそうで、結衣は俯いたまま動けない。

慧「“特別扱い”なんてしてない。でも――」

(※一瞬の間)

慧「……君が頑張ってるのを見ると、放っておけなくなるんだよ」

結衣、耳まで一気に熱くなる。

結衣(そんな……そんな言い方……ずるい……)

結衣、俯いたままでいる。
慧はそんな結衣を見つめ、ふっと安堵したような笑みを浮かべる。

慧「……戻ろうか」

結衣「……」

慧「この案件、君がいないと始まらない」

結衣、そっと顔を上げる。

結衣(……頑張れる。まだちゃんと前を向ける)