〇駅前通り・昼/突然の豪雨

黒い雲が急速に広がり、通りが横殴りの雨で白く煙る。人々が慌てて傘を開く。
白石結衣がポートフォリオを胸に抱えて小走りに走る。服は濡れても気にしていないが、資料だけは死守している。

結衣「ちょっと待ってよ……今日だけは、本当に、勘弁して……」

踏切がちょうど下りてきて、結衣の進路を遮る。焦りで胸が熱くなり、視界が滲む。

結衣(説明会、間に合うよね? いや、無理かも……ああ、なんでこんな日に限って……!)

焦りで脚に力が入りすぎ——

効果音:ツルッ

結衣「わっ……!」

結衣がアスファルトに膝をつく。ポートフォリオが腕から滑り落ち、雨の中に散乱する。

結衣(やだ……濡れる……!)

伸ばした指先の先で、雨粒が容赦なくページを叩く。
そのとき、ふっと雨が遮られる。頭上に傘の影。

慧「……これ、君の?」

結衣が驚いて顔を上げる。
濡れた黒髪、整った横顔。雨でスーツの一部が暗く染まっている堂本慧。

結衣(……え?)

慧が屈んで散らばった資料を丁寧に拾い集める。

慧「大丈夫?」

結衣「だ、だいじょうぶです! すみません、あの……っ」

慧「焦らなくていいよ」

慧が結衣の肩越しにポートフォリオを差し出す。表紙についた水滴を軽く払う仕草。

慧「資料、貸してくれたら乾かしてあげる。近くに使えるスペースがあるから」

結衣「い、いえ! そんな……迷惑かけちゃいますし……!」

慧「迷惑じゃないよ。放っておけない」

結衣の頬が赤くなる。

慧「君、手……擦りむいてる」

慧の指先が結衣の手に触れそうになる。結衣が慌てて袖を引っ込める。

結衣「ほ、本当に大丈夫ですので! あの、ありがとうございます……!」

慧が一瞬目を見開き、すぐに穏やかな笑みに戻る。

慧「……そっか。じゃあ、気をつけて」

慧は傘を差し、雨のカーテンの向こうに歩き去る。

結衣(なんだろ……優しいのに、どこか……さみしそうな人だった)

結衣は資料を抱え直し、雨の中を走り出す。



〇広告代理店〈グランツ〉本社・ロビー/数日後 昼

ガラス張りの大企業のエントランス。緊張で結衣の足が震えている。

結衣(うわ……やっぱり大きい……ビルがキラッキラしてる)

面接室の前で深呼吸を三回する。

結衣(大丈夫……私、頑張ってきたんだから)

結衣が扉をノックし、一礼して入室する。



〇同・面接室内

面接官が数名並んでいる。その中央に堂本慧が座っている。

結衣「……え」

目の前の人物に視界を奪われる結衣。黒髪は整えられ、完璧なビジネススタイル。

結衣(えっ……待って……なんで……?)

慧「……あのときの君か」

まっすぐ見つめ、ふっと微笑む慧。

結衣「え、あ……はいっ……! あの、その節は……!」

慧「こちらこそ。あのあと、痛むところは?」

落ち着いた声。だがその瞳に「驚き」がわずかに混ざる。

面接官A「……堂本本部長?」

面接官B(本部長が学生に……?)

結衣(堂本……本部長……? 業界で誰もが知ってるって噂の……?)

結衣が混乱している間に、慧がポートフォリオを受け取る。

慧「見てもいい?」

結衣「は、はい……っ!」

慧がページを一枚ずつ丁寧にめくる。数秒の沈黙。結衣は緊張している。

慧「……君の提案、面白いね」

結衣「っ……」

慧「発想が真っ直ぐ。無駄に“正解”に寄せようとしない。こういうタイプが一人いるだけで、チームの空気は変わる」

柔らかい声なのに、言葉の芯は鋭い。結衣の胸に深く刺さる。

結衣「え、あの……そんな、たいしたものでは……」

慧「いや。少なくとも、うちにはいないタイプだ」

結衣が赤くなる様子を見つめながら、慧の表情がふっと和らぐ。

慧「……また会えるとは思ってなかった。君がここに来てくれて、正直、驚いてる」

慧、優しく微笑む。

結衣(なんでそんな顔するの……?)

結衣(堂本さん……完璧な人のはずなのに……なんか……)

結衣、そっと下を向く。