それでもグレースは己の顔に、凛とした令嬢(レディ)という名の仮面をかぶる。もしも今なぐさめや、そんなことはないという言葉をかけられたら、羞恥に耐え切れず逃げ出してしまいそうだった。
 オズワルドは一瞬手を上げかけ、何かをこらえるようにおろした。かわりに引き結んでいた唇から小さく息を吐き、慈愛に満ちた目でグレースに微笑みかけた。

(ああ。何も言わないでくれるんだ)

 責めることも慰めることもない。ただ分かっているというような笑顔を向けられただけで、ひざの上でかたく握りしめていたグレースのこぶしが緩んだ。真っ暗な道に佇むグレースの隣で小さな明かりを灯してもらえたような、不思議な温かさを感じた。

「グレース。タナーと、ソリス家の弁護士は逮捕され、法に基づき裁かれます。もちろん例の男たちも逮捕されました。この書類は、本来の利息に基づいて計算された金額と、君がしてきた返済金の記録です。きちんと計算したところ、前ソリス伯爵の借りた金は利息込みで全額返済されているうえ、かなりの額が戻ってきます」
「本当、ですか?」

 目を見開くグレースに、彼の目がホッとしたように優しく細められる。

「ええ。だからね、グレース。もう無理して働かなくてもいいんです。どうか食事もきちんととってください」

 そう言われ、改めて「完済」が現実だということを理解した。
 騙されていたことよりも、グレースが愚かだったことよりも、それが一番大切なことだった。オズワルドの口からソリス領での出来事を聞き、グレースをがんじがらめにしていた鎖がほどけたのだとようやく理解し、肩から力が抜けた。
 彼は弟のリチャードにも協力を仰ぎ、タナーの犯罪を白日の下にさらしたのだ。


「なぜここまでしてくださるのですか」