「君は、計算に強いのになぜ」

 悲しみの混じる声でそう言われ、グレースは唇をかむ。
 オズワルドの説明で、レッサムがグレースに言っていたことは、嘘ばかりだったことが分かった。リチャードが爵位を放棄するとみなされると言われていた数々のことも、法律で決まっていると言ってたことも、全部全部嘘だった。

「私は……計算は得意ではありませんよ、オズワルドさん。少し暗算ができるだけです」

 そろばんの暗算ができることは色々役に立ったが、それだけだ。

「ですが、優秀な家庭教師がつかれていたのでは」
「そう思っていただけることは光栄ですが、私は貴族の女性として一般的なものを、最小限習ったにすぎません」

 驚いたような顔のオズワルドに弱弱しく微笑む。彼がグレースを優秀だと考えてくれたことを知り、少しだけ誇らしかった。
 それが真実だったらどれほどよかっただろう。
 でもそれは幻想だ。グレースの思惑ではなかったにせよ、自分が彼が思っているような女ではないことを申し訳なく感じた。

「私が無知で愚かだったのです。疑問に思っても他に調べようがなかったから、弁護士にそう言われれば信じるしかありませんでした」

 騙されているなんて、つゆほども疑わなかった。
 己の愚かさを、無知を、一番好きな人の前で認めるのは苦しかった。
 せめて法律や経営など、この国の常識を少しでも学べていたら。そう思うと悔しくて涙がこぼれそうになる。

 悔しい。
 だまされた己の愚かさが。
 信じていた人に裏切られていたことが。
 戦っているつもりで全然そうでなかったことが、何もかも悔しい。