このカフェを開くために、ソリス家のコックに頭を下げて料理の手ほどきを受けていたお嬢様。その真剣な姿勢に皆が刺激された。
 はじめはたどたどしい手つきだったのに、目覚ましい勢いで料理を覚えたかと思えば、今度は新しい料理をどんどん生み出す。その姿は、コックが
「ご令嬢にしておくのはもったいな――ごほん、いや、さすがグレース様だ」
 と絶賛するほどだった。グレースに家事の手ほどきを頼まれた、家事長をしている母も同じだ。使用人の仕事をとる雇い主は疎まれる。それは十分理解していると母を説得したグレースは、表には見せないようこっそり家事を教わっていたという。

「あの真摯な姿勢! 手本として他のメイドに見せてやりたいくらいだわ。あれだけ家事に精通していらっしゃるなら、どこへ嫁いでも使用人に寄り添った采配ができるでしょうね」
 遠い目をしていた母は、モリーは覚えていない亡くなった奥様に思いを馳せているようだった。


 くるくると笑顔で働きながら、時間があれば、モリーにも読み書きや計算を教えてくれるお嬢様。
 これほど尊重されている使用人なんて、この国では自分だけに違いない!

(なのに今、あたしは何もできない)