にぎやかな食卓だった。
 モリーが身振り手振りで今日の出来事を話し、オズワルドが律儀に相槌を打つ。
 ビバルが役に立ったかと聞かれ、「はい、とっても」とグレースが答えると、少しすねたようにみえたのはきっと気のせい。

 楽しい時間はあっという間で、食後のコーヒーを飲み終えてオズワルドが立ち上がると、思わず引き留めたくなってしまった。

「また明日、レディ・グレース、モリーさん」
「はい、オズワルドさん、ごちそうさまでした」
「おやすみなさい」


 彼が帰り、後片付けの後モリーが引き上げると、グレースは夕方届いた手紙を改めて読み返した。
 差出人は実家の弁護士レッサムだ。

 内容は前回帰省した時、美古都の記憶から借り換えというワードを思い出し、それについて相談をした回答だった。利子の少ない機関からお金を借りて、タナーから借金を返すことはできるか――。

 レッサムの答えはノーだった。
 借金を返すことだけが目的なら可能だ。しかし、父親の借金をその方法で返すと、今爵位を継いでいるリチャードが爵位を放棄したとみなされるという。

『大変申し上げにくいのですが、完済は諦めることを考えたほうがよろしいかもしれません』

 白髪の優しい風貌のレッサムが、申し訳なさそうに身を縮める姿が思い浮かぶ。

(どうしたらいいの)

 利益を増やすために店を拡大するにも、今のグレースにその余裕はない。
 今までのように少しずつ地道に売り上げを伸ばしていく。投資を見極める。それしかできない。
 仕込みの時間を夜中にして、昼から夜の間はクレープの販売をしようか。
 それとも領地の特産品の売り込みについて、もっと何かできないか考えるべきか。

 帰省してタナーに会ったとき、彼に握られた二の腕を思わずさする。
 何でもないような風情で胸元に伸びてきた手はかわしたものの、その手はグレースの二の腕を愛撫するかのよう触れてきた。グレースは、表現しようのない不快さで吐き気を催したのを、必死で隠すので精いっぱいだったが、タナーが耳元で「ますます美しくなりましたな」という、ひびの入ったような声が今も聞こえてくるような気がした。
 もしあの時、真っ青な顔をしたリチャードが彼から引き離してくれなかったら……。
 そう思うと、全身がぶるりと大きく震える。

(まだあきらめない。絶対あきらめない。私があきらめたら、悲しむ人がいる)

 自分のためだけではないから頑張れる。頑張らなくちゃいけない。
 かすかにチョコの香りが残る箱を丁寧に胸に抱き、グレースは込み上げる嗚咽をぐっとこらえた。

「大丈夫。ぜったいできる。頑張ろう!」



 しかし、そんな誓いを打ち砕くような嵐が来たのは、それから間もなくのことだった。