それでも前世を思い出したことでグレースは変わった。
 深窓の令嬢ともいうべき、か弱い女の子を卒業できたのだ。

「もし前のグレースのままだったら、何もしないで、年単位で現状を嘆いて泣いていただけだっただろうな」

 そう思うとちょっと恥ずかしい。でも実際は泣いてる余裕などなかったのだ。
 グレースの母は十年前に流感であっけなく命を落としている。両親なき今、グレースは祖母と四歳年下の弟、そして領地を守らねばならない。でもか弱いお嬢様では何もできない。だからこそ、見ていられなくなった前世の自分が飛び出してきたのかもしれない。

 以前のグレースは体が弱く頭痛持ちで、領地にあるカントリーハウスの中が世界のすべてだった。だが美古都の精神はまさかの原因を突き止めてそれを打破し、今ではすっかり健康になった。それに伴い言動も変わったのだが、周りからは父の死で大人になったのだろうと思われたようだ。時々発言が変なのも、おとぎ話しか知らない世間知らずだからだ思われるのも不幸中の幸いといえる。
 母を早くに亡くし、頼りの父まで亡くしたのだ。そうせざるを得ないのだろう、と。


 めまいがするほどの借金があったが、幸運にもグレースには弟がいた。グレースのほうが四歳年上だが、残念ながらこの国で爵位を女性に譲るには複雑な手続きが必要で、父はそれをする前に亡くなってしまった。
 まさか父もこんなに早く死ぬとは思ってなかっただろうし、娘はいずれどこかに嫁ぐと思っていたのだろう。頭痛持ちで社交界デビューも逃した令嬢には、恋愛はおろか、出会いさえ無縁だったのに。

「というか、万っっっが一、物好きな相手がいたとしても、持参金さえ用意できなかったでしょうけどね」

 当時十三歳だった弟のリチャードが無事爵位を継いだおかげで、家はどうにか手放さずに済んだ。しかし手元に残ったものは、領地のカントリーハウスと王都の隅にあるタウンハウスのみ。特産があるわけでもない領地の税金を勝手に上げるわけにはいかないし、国へ収める税金はここから賄われるがそれさえギリギリだ。