グレースが最初驚いたのは、飲み物にミルクを入れるという発想が全くなかったことだった。このあたりではコーヒーはブラックか砂糖をたっぷり入れるかのどちらかが普通。
 そのためグレースがカフェオレを始めたときは気味悪がっていた客もいたが、取引を始めたばかりのピアツェはミルク入りのコーヒーを非常に喜び、気に入ってくれた。
 彼女はグレースが何の気なしに低温殺菌の方法を教えたことで牛乳の販路が広がったこともあり、グレースのことを血のつながらない孫扱いしている(最初は本気でミルトの嫁にしようと思ってたらしい。しかし彼には結婚を約束した彼女がいて、しぶしぶ諦めたと後に聞いた)。


 新規の客が来ないよう閉店の札をかけた後、グレースは卵液に付け込んだパンを保冷庫から取り出した。それをあたためたフライパンにバター引いて焼き初め、カフェオレの準備をする。
 大きめのカップに入れたカフェオレと、焼けたフレンチトーストを食べやすいよう一口大にして皿に盛り付ける。それにシロップを添えて出すと、ピアツェは子供のように頬を緩めた。

 シロップは砂糖を煮詰めて作ったものだ。
 この世界の砂糖は前世の白砂糖とは少し違い、はちみつやメープルシロップを混ぜたようなコクのある味がする。
 柔らかなフレンチトーストにたっぷりシロップをかけたピアツェは、一切れ口に放り込むと、夢を見るようにうっとりと微笑んだ。

「そうそう。これだよ、これ。このフレンチトーストが食べたくてね。息子のところにいても夢にまで見るようになっちまったから、急いで帰ってきたのさ」