幸い常連ばかりのためか急かされることもなく、次々と料理を盛りつけては配膳していく。

 夕方からは常連客の学生のサイモンが手伝いを申し出てくれたため、少しだけ甘える。客が引けた後お礼にデザートをサービスした。今日のデザートはナッツ入りのパウンドケーキだ。

「こんなサービスがあるならいつでも手伝いますよ」

 彼はぺろりとそれを平らげ、まるで喉を鳴らしそうな猫のような顔でそう言うと、宿題があるからと席を立つ。

「あ、サイモン。これはお母様に差し上げて」

 もう数切れ同じケーキを入れた箱を渡すと、一瞬驚いたような顔をしたサイモンは照れくさそうに笑った。
 客らの会話で、彼が出かけに喧嘩をして帰りにくいと小耳に挟んでいたため、仲直りのきっかけになればと思ったのだ。

「ありがとう、レディ・グレース。母も喜びます」

「こちらこそありがとうございました。またどうぞー」

 サイモンを送り出すと、グレースはドアの開閉で入ってきた冷たい空気にブルリと震えた。季節は冬。ウィーラの女神が眠ると言われる氷月。日本で言えば十二月に入ったというところだ。

「今日はオズワルドさん来なかったわね。忙しいのかな」

 眼鏡をかけた常連客の顔を思い浮かべ、店に誰もいないことをいいことに独り言つ。彼の名前を口にするだけで、グレースの胸の奥がきゅっと痛んだ。普段なら絶対口にしないが、今店には自分しかいないのだ。

「少し早いけど閉店にしようかな」

 がらんとした店内の照明を少し落とすと、世界から切り離されたような錯覚に陥る。ここだけが異世界のような……。

(ううん。前世から見れば、実際異世界なんだけどね)