「三限が空きコマでさ。ここで寝てたら四限が終わってた」
 ふわあ、とあくびをして吉池大翔(ひろと)が答える。背が高くて眉がりりしい彼も国文学科だ。

「すっかり入りびたってますよね。入部しないんですか?」
 タブレットでマンガを描きながら、希世が言う。
「それほどマンガ好きじゃねーし」
「それなのによく来ますね」
 音緒が聞くと、彼はにやっと笑った。

「前に希世っちにモデルやらされてさ。お礼に学食奢ってもらえたから、タダメシ目当て。毎回奢ってもらえるわけじゃないけど、部長にモデルやるならマンガを読みに来ていいって言われたし」
「女性とは骨格が違うからありがたいんですけど後輩にたかるたとか」
「使えるものは親でも使うタイプ」
 にかっと笑う大翔の正面に、音緒は座った。

「私もマンガ描かないのにいるから人のこと言えないけどね」
「描けばいいのに。マンガじゃなくてもイラストとか小説とか詩とか」
 希世の言葉に音緒は首をふる。

「無理。読むのが楽しいだけ。私、ここに入るまで自分のことすっごいマンガ好きだと思ってたけど違った」
「音緒はお嬢だから描くって発想がなかったのかな」

「お嬢じゃないよ」
 慌てて否定するが、希世は納得しない。
「タカナワロボット研究センターの所長の娘だからお嬢だよ。もう結婚してるのもお嬢っぽい。旦那はいくつも特許を持ってるロボット博士ですごすぎる」

「特許はわりと簡単に取れる、大変なのは、特許技術を企業に使ってもらうために売り込むことだって言ってたよ」
「使ってもらえないとお金にならないもんな」
「マンガに使わせてもらおうっと」
 希世はふむふむと頷く。