蛍光灯が時折チカチカと明滅する廊下。
収録を終えたばかりの空気はまだ温く、照明の残光が鈍く床を照らしていた。
璃子はヒールの音を響かせながら、ゆっくりと歩く。
控室で見た蓮――“宅麻大地”の怯えたような目が、頭から離れなかった。
(……あれが嘘のはずない。あの目を知っているのは、私だけ)
「――ずいぶん懐かしそうな顔をしてたな」
背後に落ちた低い声に、璃子の足が止まった。
振り返ると、廊下の陰から三島が現れる。
腕を組み、鋭い眼差しを隠そうともしない。
「……三島さん」
名前を呼んだ瞬間、空気が張りつめた。
「さっきの控室。何のつもりだ」
三島は一歩、また一歩と近づく。
その足音が、妙に大きく胸に響く。
「……共演者として挨拶しただけよ」
璃子は薄い笑みを浮かべたまま視線を外さない。
「本当にそれだけか?」
「ええ。
でもね――どうしてそんなに警戒するの?
彼に触れられたくない“何か”でもあるの?」
三島の目がわずかに細まった。
「“宅麻大地”は芸能界の希望の星だ。問題など何もない」
「そうかしら?」
璃子は静かに一歩踏み出した。
「……あの子の目を見た瞬間、わかったのよ」
「何を?」
璃子は息を吸い込むようにして、その名を告げた。
「――蓮よ」
空気が、はっきりと変わった。
三島の瞳に一瞬だけ、揺れが走る。
「そんなはずはない」
「じゃあ見せて。
彼の過去。戸籍。家族。経歴……全部」
「……失礼なことを言うな」
三島の声が鋭くなる。
「君はただの共演者だ。詮索する権利はない」
「“ただの共演者”を、どうしてそこまで警戒するの?」
璃子の声が静かに低くなる。
「もし本当に蓮じゃないなら――
どうしてそんなに焦ってるの?」
三島の唇がピクリと動いたが、言葉は出てこない。
「蓮がいなくなったとき、ずっと探した。
夢に見るほど……何度も後悔した」
璃子の声が、かすかに震えた。
「だから確かめたいの。ただそれだけ。
……もしあなたが蓮を“消した”のなら――
私は絶対に許さない」
三島の表情が暗く曇る。
数秒後、低く投げ捨てるような声が返ってきた。
「黒瀬蓮は……もうこの世界にいない。存在しない」
「言い切れるの?」
「――ああ」
しかしその声に潜んだ、微かな“ためらい”を――璃子は確かに聞いた。
彼女は一歩、三島ににじり寄る。
「……答えて。
“宅麻大地”は――黒瀬蓮なの?」
三島の表情が固まり、空気が真空のように張りつめる。
「…………」
長い沈黙ののち、三島は視線を逸らし、吐き捨てるように言った。
「……君がそう思いたいなら、勝手にすればいい」
そして背を向け、歩き去る。
璃子は震える指先を押しつけるように胸元を掴み、立ち尽くした。
(やっぱり……そうよね。
あなたはまだ、そこにいる。
消されたなんて、思わない)
チカチカと蛍光灯がまた瞬いた。
璃子の影が長く伸び、廊下に沈むように消えていった。
収録を終えたばかりの空気はまだ温く、照明の残光が鈍く床を照らしていた。
璃子はヒールの音を響かせながら、ゆっくりと歩く。
控室で見た蓮――“宅麻大地”の怯えたような目が、頭から離れなかった。
(……あれが嘘のはずない。あの目を知っているのは、私だけ)
「――ずいぶん懐かしそうな顔をしてたな」
背後に落ちた低い声に、璃子の足が止まった。
振り返ると、廊下の陰から三島が現れる。
腕を組み、鋭い眼差しを隠そうともしない。
「……三島さん」
名前を呼んだ瞬間、空気が張りつめた。
「さっきの控室。何のつもりだ」
三島は一歩、また一歩と近づく。
その足音が、妙に大きく胸に響く。
「……共演者として挨拶しただけよ」
璃子は薄い笑みを浮かべたまま視線を外さない。
「本当にそれだけか?」
「ええ。
でもね――どうしてそんなに警戒するの?
彼に触れられたくない“何か”でもあるの?」
三島の目がわずかに細まった。
「“宅麻大地”は芸能界の希望の星だ。問題など何もない」
「そうかしら?」
璃子は静かに一歩踏み出した。
「……あの子の目を見た瞬間、わかったのよ」
「何を?」
璃子は息を吸い込むようにして、その名を告げた。
「――蓮よ」
空気が、はっきりと変わった。
三島の瞳に一瞬だけ、揺れが走る。
「そんなはずはない」
「じゃあ見せて。
彼の過去。戸籍。家族。経歴……全部」
「……失礼なことを言うな」
三島の声が鋭くなる。
「君はただの共演者だ。詮索する権利はない」
「“ただの共演者”を、どうしてそこまで警戒するの?」
璃子の声が静かに低くなる。
「もし本当に蓮じゃないなら――
どうしてそんなに焦ってるの?」
三島の唇がピクリと動いたが、言葉は出てこない。
「蓮がいなくなったとき、ずっと探した。
夢に見るほど……何度も後悔した」
璃子の声が、かすかに震えた。
「だから確かめたいの。ただそれだけ。
……もしあなたが蓮を“消した”のなら――
私は絶対に許さない」
三島の表情が暗く曇る。
数秒後、低く投げ捨てるような声が返ってきた。
「黒瀬蓮は……もうこの世界にいない。存在しない」
「言い切れるの?」
「――ああ」
しかしその声に潜んだ、微かな“ためらい”を――璃子は確かに聞いた。
彼女は一歩、三島ににじり寄る。
「……答えて。
“宅麻大地”は――黒瀬蓮なの?」
三島の表情が固まり、空気が真空のように張りつめる。
「…………」
長い沈黙ののち、三島は視線を逸らし、吐き捨てるように言った。
「……君がそう思いたいなら、勝手にすればいい」
そして背を向け、歩き去る。
璃子は震える指先を押しつけるように胸元を掴み、立ち尽くした。
(やっぱり……そうよね。
あなたはまだ、そこにいる。
消されたなんて、思わない)
チカチカと蛍光灯がまた瞬いた。
璃子の影が長く伸び、廊下に沈むように消えていった。


