廊下の奥、誰も通らない非常口の前で、蓮は壁に背を預けていた。
肩で荒く息をしながら、頭を抱える。
背中に伝わる冷たいコンクリートの感触だけが、かろうじて現実をつなぎ止めていた。
「……くそ……っ」
低くこぼれた声が、がらんとした空間に落ちて消える。
喉がひゅうっと鳴り、胸が詰まる。呼吸がうまくできない。
(なんなんだよ……俺……)
璃子の言葉が、肌に焼きついたように離れない。
あの瞳。あの声。あの、熱。
――“私たち、恋人だったのよ”
――“泣きそうになって、私の胸に顔を埋めて……”
――“私を見て……あの時の私を……”
頭を抱えたまま、蓮はゆっくりと膝を折り、床に座り込んだ。
タイルの冷たさが掌から伝わり、少しだけ心が落ち着いていく。
(……思い出したくないのに……)
記憶が勝手に流れ込んでくる。
夜の公園。街灯の下のベンチ。
誰にも見せられない弱さをさらして、彼女の胸に顔をうずめていた自分。
(……情けねぇ……)
――“俺、甘えていい……?”
あのときの自分は、あまりにも弱く、あまりにも素直だった。
だからこそ、今、怖い。
(……忘れてほしい、なんて思えない。
でも――覚えてくれていたことが、何より怖かった……)
璃子は“黒瀬蓮”を覚えていた。
その声が、自分の奥に封じていた何かを、無理やり引きずり出した。
(俺は……“宅麻大地”として生きたかったんじゃないのか……?
でも……今の俺は……本当に“俺”なのか……?)
優香のことを思い出す。
あのやさしい声。そっと手を握ってくれた温もり。
一緒に過ごした夜――すべてを受け入れてくれた、あの時間。
(優香の前では、“俺”でいられた気がした。
でも……それって、どっちの“俺”なんだ……?)
答えは出ない。
胸の奥で、誰かが小さく泣いていた。
(……誰か、教えてくれよ……俺は……いったい……)
非常灯の緑の光が、ぼんやりと天井を照らす。
その下で、蓮は静かに膝を抱えた。
光と影のあいだで、心の奥に潜む“もうひとりの自分”が、静かに目を覚まそうとしていた。
肩で荒く息をしながら、頭を抱える。
背中に伝わる冷たいコンクリートの感触だけが、かろうじて現実をつなぎ止めていた。
「……くそ……っ」
低くこぼれた声が、がらんとした空間に落ちて消える。
喉がひゅうっと鳴り、胸が詰まる。呼吸がうまくできない。
(なんなんだよ……俺……)
璃子の言葉が、肌に焼きついたように離れない。
あの瞳。あの声。あの、熱。
――“私たち、恋人だったのよ”
――“泣きそうになって、私の胸に顔を埋めて……”
――“私を見て……あの時の私を……”
頭を抱えたまま、蓮はゆっくりと膝を折り、床に座り込んだ。
タイルの冷たさが掌から伝わり、少しだけ心が落ち着いていく。
(……思い出したくないのに……)
記憶が勝手に流れ込んでくる。
夜の公園。街灯の下のベンチ。
誰にも見せられない弱さをさらして、彼女の胸に顔をうずめていた自分。
(……情けねぇ……)
――“俺、甘えていい……?”
あのときの自分は、あまりにも弱く、あまりにも素直だった。
だからこそ、今、怖い。
(……忘れてほしい、なんて思えない。
でも――覚えてくれていたことが、何より怖かった……)
璃子は“黒瀬蓮”を覚えていた。
その声が、自分の奥に封じていた何かを、無理やり引きずり出した。
(俺は……“宅麻大地”として生きたかったんじゃないのか……?
でも……今の俺は……本当に“俺”なのか……?)
優香のことを思い出す。
あのやさしい声。そっと手を握ってくれた温もり。
一緒に過ごした夜――すべてを受け入れてくれた、あの時間。
(優香の前では、“俺”でいられた気がした。
でも……それって、どっちの“俺”なんだ……?)
答えは出ない。
胸の奥で、誰かが小さく泣いていた。
(……誰か、教えてくれよ……俺は……いったい……)
非常灯の緑の光が、ぼんやりと天井を照らす。
その下で、蓮は静かに膝を抱えた。
光と影のあいだで、心の奥に潜む“もうひとりの自分”が、静かに目を覚まそうとしていた。


