収録後の夜、優香の部屋。
湯気を立てるお茶の香りが、静かな空気にゆっくり広がっていた。
優香はカップを手のひらで包みながら、正面に座る蓮を見つめる。
「……蓮くん。さっきのこと、話してくれる?」
蓮の肩がぴくりと揺れた。
浮かべた笑顔は“作った”ものだと、優香にはすぐ分かった。
「……ただ、ちょっと昔のことを言われただけだよ」
「でも……顔。こわばってた」
優香は小さな声でつぶやく。
「ドアを開けた時……知らない人みたいだった」
蓮は視線を伏せ、指先をゆっくり握り込んだ。
(……蓮、か)
――その名前は、控室でも呼ばれた。
『やっぱり、私の蓮だわ』
『“俺、もっと頑張るから見ててくれ”…そう言ったじゃない』
汗のにじむレッスン室。
肩に顔を埋めた夜。
指に残る、あの時の震え。
(違う……違う……あれは俺じゃない……!)
「……蓮くん?」
優香の声に、蓮はびくりと顔を上げた。
そして無意識に、声を荒げてしまう。
「……何でもないって言ってるだろ……!」
カップが小さく跳ね、湯気がふたりの間で揺れた。
蓮はすぐに額に手を当て、息を吐く。
「……ごめん。本当に、なんでもないから」
その声音は、どこか懇願に似ていた。
優香は迷い、そしてそっと蓮の手に自分の手を重ねる。
「……私の知らない蓮くんがいるのかなって思ったの」
それでも、と目を伏せる。
「どんな蓮くんでも、私は味方だから」
蓮は、はっとして優香を見る。
(……優香だけは、“蓮”を責めずに呼んでくれる)
胸の奥ではまだ、璃子の声が渦巻いている。
けれど今は――指先から伝わるこのぬくもりだけを信じていたかった。
湯気を立てるお茶の香りが、静かな空気にゆっくり広がっていた。
優香はカップを手のひらで包みながら、正面に座る蓮を見つめる。
「……蓮くん。さっきのこと、話してくれる?」
蓮の肩がぴくりと揺れた。
浮かべた笑顔は“作った”ものだと、優香にはすぐ分かった。
「……ただ、ちょっと昔のことを言われただけだよ」
「でも……顔。こわばってた」
優香は小さな声でつぶやく。
「ドアを開けた時……知らない人みたいだった」
蓮は視線を伏せ、指先をゆっくり握り込んだ。
(……蓮、か)
――その名前は、控室でも呼ばれた。
『やっぱり、私の蓮だわ』
『“俺、もっと頑張るから見ててくれ”…そう言ったじゃない』
汗のにじむレッスン室。
肩に顔を埋めた夜。
指に残る、あの時の震え。
(違う……違う……あれは俺じゃない……!)
「……蓮くん?」
優香の声に、蓮はびくりと顔を上げた。
そして無意識に、声を荒げてしまう。
「……何でもないって言ってるだろ……!」
カップが小さく跳ね、湯気がふたりの間で揺れた。
蓮はすぐに額に手を当て、息を吐く。
「……ごめん。本当に、なんでもないから」
その声音は、どこか懇願に似ていた。
優香は迷い、そしてそっと蓮の手に自分の手を重ねる。
「……私の知らない蓮くんがいるのかなって思ったの」
それでも、と目を伏せる。
「どんな蓮くんでも、私は味方だから」
蓮は、はっとして優香を見る。
(……優香だけは、“蓮”を責めずに呼んでくれる)
胸の奥ではまだ、璃子の声が渦巻いている。
けれど今は――指先から伝わるこのぬくもりだけを信じていたかった。


