小さなワンルーム。
カーテン越しに夜の街の明かりが差し込み、卓上ランプの灯が壁をやわらかく照らしていた。
湿り気を帯びた夏の空気の中、窓からの風がカーテンを静かに揺らしている。
ソファに腰を下ろした蓮は、明るいブラウンの髪を伏せたまま黙り込んでいた。
あのスタジオから連れ出して以来、一言も発していない。
その肩の線が、いつもより小さく見えた。
優香はキッチンで、手際よく料理を仕上げる。
湯気の立つ味噌汁と、炊きたての白いご飯。
だしの香りが部屋いっぱいにやわらかく広がり、静けさの中にぬくもりを滲ませる。
(……何も言わなくていい。ただ、ここで息をつける場所をつくりたい)
優香はそっとお盆をテーブルに置き、穏やかに微笑んだ。
「しゃべらなくていいよ。……ごはん、一緒に食べよう?」
蓮は一度だけ彼女を見て、ゆっくりと箸を取る。
ご飯をひと口すくって、噛む。
そして、ぽつりと小さな声が落ちた。
「……なんで、そんなに優しくするの?」
優香は少し俯いて、肩をすくめるように笑った。
「私にできることなんて、これくらいしかないから……」
(本当は、何を言ったらいいかわからない。ただ――放っておけないだけ)
蓮は箸を止め、小さくうなずいた。
「……ありがとな」
優香はお湯を沸かし、テーブルに冷たいアイスティーを置く。
「飲んで。甘いの、好きだったよね?」
蓮は少し戸惑いながら、グラスを手に取った。
「……覚えてないのに、そういうこと言うの、ずるいな」
優香はくすっと笑う。
「ごめん。でも、そう思っただけ」
静かな時間が流れる。
やがて、蓮が小さく息を吐いた。
「……今日、俺……ほんとは逃げたかったんだ」
優香は彼を見つめ、そっと言葉を選んだ。
「……逃げてもいいよ」
蓮はかすかに首を振り、視線を落とす。
「でも、逃げたら……どこにも戻れない気がして……それが、怖かった」
(……三島さんの言葉が、まだ胸に刺さってるんだ)
優香はテーブルの上に両手を置き、まっすぐに蓮を見つめた。
「……大丈夫。戻れなくてもいいんだよ」
一拍の間をおいて、やさしく続ける。
「私がここにいる。それだけは、変わらないから」
蓮の肩がわずかに震える。
ゆっくりと顔を上げたその瞳に、恐れと――ほんの少しの希望が宿っていた。
(……俺なんかに、こんな言葉を……)
(バカだな。でも……あったかいな)
優香は、そっと微笑んだ。
夜風がカーテンをやさしく揺らすなか、ふたりの間にやわらかな空気が静かに広がっていく。
外では、街の灯りが遠くに瞬いていた――まるで、ふたりの静かな約束を見守るように。
カーテン越しに夜の街の明かりが差し込み、卓上ランプの灯が壁をやわらかく照らしていた。
湿り気を帯びた夏の空気の中、窓からの風がカーテンを静かに揺らしている。
ソファに腰を下ろした蓮は、明るいブラウンの髪を伏せたまま黙り込んでいた。
あのスタジオから連れ出して以来、一言も発していない。
その肩の線が、いつもより小さく見えた。
優香はキッチンで、手際よく料理を仕上げる。
湯気の立つ味噌汁と、炊きたての白いご飯。
だしの香りが部屋いっぱいにやわらかく広がり、静けさの中にぬくもりを滲ませる。
(……何も言わなくていい。ただ、ここで息をつける場所をつくりたい)
優香はそっとお盆をテーブルに置き、穏やかに微笑んだ。
「しゃべらなくていいよ。……ごはん、一緒に食べよう?」
蓮は一度だけ彼女を見て、ゆっくりと箸を取る。
ご飯をひと口すくって、噛む。
そして、ぽつりと小さな声が落ちた。
「……なんで、そんなに優しくするの?」
優香は少し俯いて、肩をすくめるように笑った。
「私にできることなんて、これくらいしかないから……」
(本当は、何を言ったらいいかわからない。ただ――放っておけないだけ)
蓮は箸を止め、小さくうなずいた。
「……ありがとな」
優香はお湯を沸かし、テーブルに冷たいアイスティーを置く。
「飲んで。甘いの、好きだったよね?」
蓮は少し戸惑いながら、グラスを手に取った。
「……覚えてないのに、そういうこと言うの、ずるいな」
優香はくすっと笑う。
「ごめん。でも、そう思っただけ」
静かな時間が流れる。
やがて、蓮が小さく息を吐いた。
「……今日、俺……ほんとは逃げたかったんだ」
優香は彼を見つめ、そっと言葉を選んだ。
「……逃げてもいいよ」
蓮はかすかに首を振り、視線を落とす。
「でも、逃げたら……どこにも戻れない気がして……それが、怖かった」
(……三島さんの言葉が、まだ胸に刺さってるんだ)
優香はテーブルの上に両手を置き、まっすぐに蓮を見つめた。
「……大丈夫。戻れなくてもいいんだよ」
一拍の間をおいて、やさしく続ける。
「私がここにいる。それだけは、変わらないから」
蓮の肩がわずかに震える。
ゆっくりと顔を上げたその瞳に、恐れと――ほんの少しの希望が宿っていた。
(……俺なんかに、こんな言葉を……)
(バカだな。でも……あったかいな)
優香は、そっと微笑んだ。
夜風がカーテンをやさしく揺らすなか、ふたりの間にやわらかな空気が静かに広がっていく。
外では、街の灯りが遠くに瞬いていた――まるで、ふたりの静かな約束を見守るように。


