車が静かに、蓮のマンションの前で停まった。
ワイパーが最後のひと拭きを残し、フロントガラスを滑っていく。
街灯の光が滲んだ雨粒を照らし、ゆるやかに夜を映していた。
優香はエンジンを切り、ハンドルに手を添えたまま、ちらりと助手席の蓮に目を向けた。
蓮はシートに深く身を預け、ドアノブに手をかけたまま、じっと動かない。
窓越しに聞こえる街の喧騒は遠く、車内には雨音だけが静かに響いていた。
外では、誰かが小走りに傘を差して通り過ぎていく。
アスファルトに弾ける水しぶきが、街灯の下で一瞬、白くきらめいた。
優香は何も言わず、その横顔をそっと見つめていた。
蓮は軽く濡れた髪先を指先で払う。落ち着かないその仕草が、どこか脆さを映しているように見えた。
伏せた瞳には街灯の淡い光が射し、睫毛にかすかな影を落としている。
長い沈黙。
そして――
喉がわずかに動き、ためらうように、彼の口から言葉がこぼれた。
「……ありがとう」
その声は、か細く、掠れていた。
それでも、雨音よりもはっきりと耳に届いた。
優香はほんの一瞬、目を見開きかけて――
すぐに、微笑んだ。驚かせたくなかった。言葉はいらない。
ただ、ゆっくりと頷いた。
蓮は何も言わずにドアを開ける。
冷たい雨の匂いが車内に流れ込み、街灯の光がその肩を淡く照らす。
傘も差さず、夜の雨のなかへと歩き出した。
濡れていく背中は、それでもどこか――今までよりも、まっすぐに見えた。
優香はハンドルの上に手を添えたまま、その背を見送る。
雨粒がフロントガラスを静かに伝い落ちていく。
(……ありがとう)
胸の奥で、優香はもう一度、そっとその言葉を繰り返した。
たったひと言だったのに。
どうして、こんなにもあたたかいんだろう。
――あなたの“本当の声”を、やっと聞けた気がした。
ワイパーが最後のひと拭きを残し、フロントガラスを滑っていく。
街灯の光が滲んだ雨粒を照らし、ゆるやかに夜を映していた。
優香はエンジンを切り、ハンドルに手を添えたまま、ちらりと助手席の蓮に目を向けた。
蓮はシートに深く身を預け、ドアノブに手をかけたまま、じっと動かない。
窓越しに聞こえる街の喧騒は遠く、車内には雨音だけが静かに響いていた。
外では、誰かが小走りに傘を差して通り過ぎていく。
アスファルトに弾ける水しぶきが、街灯の下で一瞬、白くきらめいた。
優香は何も言わず、その横顔をそっと見つめていた。
蓮は軽く濡れた髪先を指先で払う。落ち着かないその仕草が、どこか脆さを映しているように見えた。
伏せた瞳には街灯の淡い光が射し、睫毛にかすかな影を落としている。
長い沈黙。
そして――
喉がわずかに動き、ためらうように、彼の口から言葉がこぼれた。
「……ありがとう」
その声は、か細く、掠れていた。
それでも、雨音よりもはっきりと耳に届いた。
優香はほんの一瞬、目を見開きかけて――
すぐに、微笑んだ。驚かせたくなかった。言葉はいらない。
ただ、ゆっくりと頷いた。
蓮は何も言わずにドアを開ける。
冷たい雨の匂いが車内に流れ込み、街灯の光がその肩を淡く照らす。
傘も差さず、夜の雨のなかへと歩き出した。
濡れていく背中は、それでもどこか――今までよりも、まっすぐに見えた。
優香はハンドルの上に手を添えたまま、その背を見送る。
雨粒がフロントガラスを静かに伝い落ちていく。
(……ありがとう)
胸の奥で、優香はもう一度、そっとその言葉を繰り返した。
たったひと言だったのに。
どうして、こんなにもあたたかいんだろう。
――あなたの“本当の声”を、やっと聞けた気がした。


