夜の雨は、静かに降り続いていた。
ワイパーがリズムを刻むたび、フロントガラスの水滴が街灯の光を拾い、滲んだ光が車内に散る。
暖房のぬくもりが足元を包み、湿ったアスファルトの匂いがほのかに入り込んでいた。
運転席の優香は、前を見つめたまま黙ってハンドルを握る。
助手席の蓮は、少し倒したシートにもたれながら、窓の外に目を向けていた。
車内を満たすのは、雨音とタイヤが水をはねる音だけ。
やがて、蓮がぽつりと口を開いた。
「……なあ。あんた、俺のこと“かわいそう”って思ってるだろ」
優香の手が一瞬止まりかけたが、すぐに静かに答える。
「……なんで、そう思うの?」
「だって、俺……おかしいだろ。キャラも態度もバラバラでさ」
蓮は乾いた笑みを浮かべたまま、外を見つめていた。
「“宅麻大地”が本物なら、俺はただの偽物だ」
苦い言葉を吐きながら、彼は拳を握った。
「“最近大地くん変です”って三島に言えばいいのに。
言わないのは、哀れに思ってるからだろ」
優香は答えない。ハンドルを握る手だけが、少し強くなった。
「……違うよ」
その言葉に、蓮の目が動いた。
「私は、かわいそうだなんて思ってない」
横顔のまま、それでもしっかりとした声だった。
「あなたが何を隠しても、どれだけ突き放そうとしても……」
ブレーキランプの赤が、車内をゆっくり染めていく。
「もう、試さなくていいよ。全部、わかってるから」
優香の声は優しく、それでいて確かな意志を持っていた。
「私は、何があっても――あなたの味方だよ」
蓮の視線が、ふと揺れた。
街の光が瞳に映り込み、その奥にわずかな素顔が見え隠れする。
握りしめていた拳が、そっとほどける。
張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んでいくのを、彼自身も感じていた。
“味方”――そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
誰にも信じてもらえなかった自分に、あんなにもまっすぐな言葉を向ける人がいるなんて。
(……なんで、こんなに、あったかいんだよ)
蓮は窓の外へと視線を逃がした。
胸の奥にあった苛立ちが、いつのまにかどこかへ溶けていくのを感じながら。
一方、優香はじっと前を見つめていた。
隣の彼が何も言わないことに、不思議と安心している自分に気づく。
かわいそうなんて、思っていない。
ただ、放っておけなかった。あの瞳が、最初からずっと空っぽのままで――まるで、昔の自分みたいだったから。
(私も……“いい子”でいるの、疲れてたのかもしれない)
だからこそ、分かってしまう。
どんなに演じていても、どんなに壊れていても――
「あなたがそこにいる」それだけで、今の私を支えてくれている。
(私は、そばにいたい)
それが、いまの優香の答えだった。
ワイパーがリズムを刻むたび、フロントガラスの水滴が街灯の光を拾い、滲んだ光が車内に散る。
暖房のぬくもりが足元を包み、湿ったアスファルトの匂いがほのかに入り込んでいた。
運転席の優香は、前を見つめたまま黙ってハンドルを握る。
助手席の蓮は、少し倒したシートにもたれながら、窓の外に目を向けていた。
車内を満たすのは、雨音とタイヤが水をはねる音だけ。
やがて、蓮がぽつりと口を開いた。
「……なあ。あんた、俺のこと“かわいそう”って思ってるだろ」
優香の手が一瞬止まりかけたが、すぐに静かに答える。
「……なんで、そう思うの?」
「だって、俺……おかしいだろ。キャラも態度もバラバラでさ」
蓮は乾いた笑みを浮かべたまま、外を見つめていた。
「“宅麻大地”が本物なら、俺はただの偽物だ」
苦い言葉を吐きながら、彼は拳を握った。
「“最近大地くん変です”って三島に言えばいいのに。
言わないのは、哀れに思ってるからだろ」
優香は答えない。ハンドルを握る手だけが、少し強くなった。
「……違うよ」
その言葉に、蓮の目が動いた。
「私は、かわいそうだなんて思ってない」
横顔のまま、それでもしっかりとした声だった。
「あなたが何を隠しても、どれだけ突き放そうとしても……」
ブレーキランプの赤が、車内をゆっくり染めていく。
「もう、試さなくていいよ。全部、わかってるから」
優香の声は優しく、それでいて確かな意志を持っていた。
「私は、何があっても――あなたの味方だよ」
蓮の視線が、ふと揺れた。
街の光が瞳に映り込み、その奥にわずかな素顔が見え隠れする。
握りしめていた拳が、そっとほどける。
張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んでいくのを、彼自身も感じていた。
“味方”――そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
誰にも信じてもらえなかった自分に、あんなにもまっすぐな言葉を向ける人がいるなんて。
(……なんで、こんなに、あったかいんだよ)
蓮は窓の外へと視線を逃がした。
胸の奥にあった苛立ちが、いつのまにかどこかへ溶けていくのを感じながら。
一方、優香はじっと前を見つめていた。
隣の彼が何も言わないことに、不思議と安心している自分に気づく。
かわいそうなんて、思っていない。
ただ、放っておけなかった。あの瞳が、最初からずっと空っぽのままで――まるで、昔の自分みたいだったから。
(私も……“いい子”でいるの、疲れてたのかもしれない)
だからこそ、分かってしまう。
どんなに演じていても、どんなに壊れていても――
「あなたがそこにいる」それだけで、今の私を支えてくれている。
(私は、そばにいたい)
それが、いまの優香の答えだった。


