夜の街は、冬の雨に濡れていた。
雨粒がフロントガラスを打つ音が、車内の静けさに沈み込んでいく。
タクシーの窓を流れる街灯が、滲んでゆらゆらと揺れた。
後部座席の璃子は、胸元のコートをきつく握りしめ、唇をかんだ。
――会議室を出たあの日から、数日が経った。
机に叩きつけられた解任通達。
耳に残る、あの男の冷たい声。
「結果がすべてだ。残念だったね、璃子ちゃん」
言葉は優しいのに、その瞳は氷のようだった。
その瞬間から、事務所の誰もが彼女に目を合わせなくなった。
電話をしても、かつて親しかった仲間たちは曖昧な声で答えを濁す。
家に帰っても、テレビの音が空しく響くだけだった。
(――彼を、守れなかった)
恋人であることを隠し続けてきた。
仕事を超えた想いを胸に秘めながら、ずっと隣にいたのに。
あの日、最後に交わした会話が、今も耳の奥で繰り返される。
『お前がいてくれるから、俺はステージに立てるんだよ』
あの言葉を最後に、彼は突然姿を消した。
何の前触れもなく、理由もわからないまま。
その笑顔を、信じていたのに。
喉がひりつき、涙がこみ上げる。
コートのポケットの中で、指先が震えた。
握りしめているのは、今日買ったばかりの航空券。
滲んでよく見えない文字が、これからの不安を象徴しているようだった。
(あの人は、今どこで何をしているんだろう……)
タクシーが空港へ続く高速道路に入る。
ガラスに映る自分の顔が、見知らぬ人のように思える。
目の下に残る影が、失ったものの大きさを物語っていた。
(ここには、もう私の居場所はない。
でも、あのままじゃ……何も変わらない)
窓の外に広がる滑走路の灯り。
飛び立つ機体の光が、夜空の向こうに小さく消えていく。
「……蓮……」
思わず名を呼んだ声は、タクシーのシートに吸い込まれた。
「……行くしか、ないよね」
かすかな声を残して、フードを被り、スーツケースの取っ手を握り直す。
運転手がバックミラー越しにちらりとこちらを見たが、何も言わなかった。
到着ロビーは深夜の冷たい空気に包まれていた。
人影もまばらな広いフロアで、璃子のヒールの音が乾いた音を立てる。
(いつか……いつか、また――)
そう思った瞬間、胸の奥が痛んだ。
けれど歩みを止めなかった。
璃子はスーツケースを引き、搭乗ゲートへと向かう。
背後には、二度と振り返らないと決めた街の光が、遠く霞んでいた。
雨粒がフロントガラスを打つ音が、車内の静けさに沈み込んでいく。
タクシーの窓を流れる街灯が、滲んでゆらゆらと揺れた。
後部座席の璃子は、胸元のコートをきつく握りしめ、唇をかんだ。
――会議室を出たあの日から、数日が経った。
机に叩きつけられた解任通達。
耳に残る、あの男の冷たい声。
「結果がすべてだ。残念だったね、璃子ちゃん」
言葉は優しいのに、その瞳は氷のようだった。
その瞬間から、事務所の誰もが彼女に目を合わせなくなった。
電話をしても、かつて親しかった仲間たちは曖昧な声で答えを濁す。
家に帰っても、テレビの音が空しく響くだけだった。
(――彼を、守れなかった)
恋人であることを隠し続けてきた。
仕事を超えた想いを胸に秘めながら、ずっと隣にいたのに。
あの日、最後に交わした会話が、今も耳の奥で繰り返される。
『お前がいてくれるから、俺はステージに立てるんだよ』
あの言葉を最後に、彼は突然姿を消した。
何の前触れもなく、理由もわからないまま。
その笑顔を、信じていたのに。
喉がひりつき、涙がこみ上げる。
コートのポケットの中で、指先が震えた。
握りしめているのは、今日買ったばかりの航空券。
滲んでよく見えない文字が、これからの不安を象徴しているようだった。
(あの人は、今どこで何をしているんだろう……)
タクシーが空港へ続く高速道路に入る。
ガラスに映る自分の顔が、見知らぬ人のように思える。
目の下に残る影が、失ったものの大きさを物語っていた。
(ここには、もう私の居場所はない。
でも、あのままじゃ……何も変わらない)
窓の外に広がる滑走路の灯り。
飛び立つ機体の光が、夜空の向こうに小さく消えていく。
「……蓮……」
思わず名を呼んだ声は、タクシーのシートに吸い込まれた。
「……行くしか、ないよね」
かすかな声を残して、フードを被り、スーツケースの取っ手を握り直す。
運転手がバックミラー越しにちらりとこちらを見たが、何も言わなかった。
到着ロビーは深夜の冷たい空気に包まれていた。
人影もまばらな広いフロアで、璃子のヒールの音が乾いた音を立てる。
(いつか……いつか、また――)
そう思った瞬間、胸の奥が痛んだ。
けれど歩みを止めなかった。
璃子はスーツケースを引き、搭乗ゲートへと向かう。
背後には、二度と振り返らないと決めた街の光が、遠く霞んでいた。


