転生幼女殿下の幸せ家族計画〜冷遇するなら離婚してください、おかあさまと!〜

「さあさあ! カレン様、部屋に閉じこもっていては、脚に根が生えてしまいますぞ!」

 ガハハと豪快に笑う太い声を聞いて、アネットはにまにまと頬を緩ませた。

『バルバストル卿は、豪放磊落で人望厚く、剣技にも長け、『剣聖』と讃えられる人物でした。……数年前の戦争で、片眼を失うまでは』

 あのとき、ピエールが彼が紹介してくれたのは、天啓だったのかもしれない。
 パトリス・バルバストルは元騎士団長で、数年前の負傷を機に騎士団を去り、領地で隠棲していたらしい。昔の伝手があるというピエールが声をかけると『もろもろの引継ぎのために時間をくれ』と数か月待たされはしたものの、最終的には快く応じてくれた。
 アネットとしては『騎士を続けられないほどの重傷となると、護衛の任務も果たせないのでは』と心配していたけれど、パトリスは負傷直後こそ遠近感がつかめずに困ったが、この数年のうちに片目に頼る生活にも慣れ、今はさほど不自由も感じていないとのことで――あまりにもちょうど良すぎた。何者かの作為が働いているのではないかと、疑ってしまったくらいだ。
 おまけに、パトリスはなかなかの男前でもある。筋骨隆々のマッチョな身体と、顔に大きく残る縦一文字の傷、片目の欠損を隠す眼帯は、かなり好みは分かれるだろうが、万人が『顔立ち自体は整ってはいるよね』と認めるところではある。
 しいて、ネックな点を挙げるとすれば――。

「むふふ」
「うわっ、おまえ、また、父上のこと、見てたのかよ! きしょくわるい笑い方するな!」

 椅子から立ち上がりざまにふらついたカレンを、パトリスが姫抱きで抱き上げて、庭の椅子に下ろすところを眺めていると、今日も高い声がキャンキャンとアネットに話しかけてきた。
 もう驚きもせず、横目でちらりと視線を送ると、案の定、想像したとおりの顔がそこにある。

「あら、いたの。リシャール」
「いるに決まってるだろ! ここに住んでるんだから」
「そうね、あなたはパットおじさまのおまけだものね」
「『おまけ』と言うな!」

 そうなのだ、こんなにも優良物件のパトリスが、結婚していないはずもなかった。
 彼には幼なじみで相思相愛の妻がいたが、その妻は元々病弱だったこともあり、彼の出征中に一子を産み、そのまま産後の肥立ちがすぐれず亡くなってしまった。
 負傷して帰還したパトリスは、無理をすれば騎士団に残る道もあっただろうが、騎士団の任務のために愛する妻の臨終にも立ち会えなかったことを悔い、彼女の忘れ形見のリシャールを育てたいからと、自ら騎士団を辞した――ということで、こちらとしても、非常に再婚を勧めにくい事情持ちだった。
 とはいえ、パトリスが人として素晴らしい人物なのは確かだし、彼の亡き妻と同じように長く床に就いていたカレンに対して同情をもって親身に接してくれているのだから、こちらとしては文句はない。

「なんでっ! いつも、父上ばっかり見ているんだよ!」

 あとは、このキャンキャンうるさいリシャールとの同居が条件なことだけは玉に瑕だが、玉の品質に比べれば小さすぎる瑕ではある。
 アネットがパトリスを観察していると必ず突っかかってくるリシャールは、たぶん、かなりのファザコンだ。
 年齢はアネットの三歳年上だから、彼の年齢的にも境遇的にもお父さんのことが大好きで何の不思議もないのだけれど、どれだけ『彼から父親を奪うつもりはないのだ』と言ったら伝わるのか。
 目の前の、パトリスに似た容姿の幼児――といっても線は一回りも二回りも細いけれど――の顔をじっと見ながら考えて黙り込むと、リシャールは頬を赤らめた。

「な、なんだよっ!」
「はあ……けっこんあいてにしては、ちっさいわよねえ……」
「結婚!? なんだおまえ、けっ、結婚って……!」

 うん。いっそ、リシャールの方を結婚相手にすることも考えたが、彼だって将来有望ではあるものの、母の再婚相手としては頼りない。
 『これは無し』の結論を下すと、アネットは、何やら喚いているリシャールをよそに、パトリスと母の観察に戻ることにした。

「王妃とバルバストル伯との不貞の疑いがかかっているっ!」

 ――そんなことをしていたせいだろうか。母に『不貞』の疑いがかけられたのは。