「さて、と。おかあさまの命をねらうひとがいるのは、やっかいね……どうやったら、敵をたたきつぶせるかしら?」
たかが侍女の職務怠慢なんぞよりも、差し迫った命の危機の方が重大事である。
それこそ、王妃の暗殺未遂なんて、本来は国を挙げて犯人を突きとめて再発防止に努めるべきことだろうが、被害者である王妃の方を離宮にポイと追いやって終わり、といういいかげんな対応からは、真面目に解決しようとしている様子はうかがえない。
そもそも、厳重に警備されていただろう王妃が、ほいほい暗殺されかかっていること自体、不自然だ。
「あんさつしゃがよっぽどの手練れだったのかしら? 裏におえらいさんがついているとか……それこそ、くろまくが国王だとか?」
親の意向で結婚しただけの、気に入らない王妃なんて殺してしまおう――と、国王が考えていたとしたら?
王妃のことも、その娘であるアネットのことも、さぞかし目障りで仕方がないだろう。
「民法第752条! 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないっ! ……なーんていうどころか、じぶんのつまを殺すつもりだなんて。こちらもまもりをかためないといけない。でも、おかあさまの実家はたよれないし……」
さて、ここにきて、困った。
国王に対抗できるような強者に庇護を求めねばならないのに、アネットにはその伝手がない。
何なら、誰に助けを求めればいいのか、その見当さえついていないときた。
(なんやかんや言っても、私は王女だもの、殺すよりは政略結婚の駒として使う方が、国王にとってメリットがあるはずよ。適齢期になれば、他国や有力な貴族に嫁いで、その結婚相手に私の後ろ盾になってもらえるかもしれない。……でも、それって、何年後の話なのよ。それまでに死にたくないし、お母さまが殺されてしまったら私だって寝覚めが悪いわ。今の時点で何か私にできそうなこと……私の強みって何かしら?)
考えて、考えて――アネットは結論に行きついた。
「アネットちゃん。いらっしゃいな。綺麗な髪を梳かしましょうね」
「はあい、今行くわ! おかあさま!」
甘く可憐な響きの声に呼ばれて、アネットは母の膝に飛びついた。
初めて会った時にはこちらが心配になるような苦しげな咳をしていた母は、環境を変えたためか、少しずつ体調も良くなっているように見える。それでも、病み上がりなのは確かで、やせ細った身体の肉づきは薄かった。
しかし、その雰囲気を『不健康そう』『貧相』ではなく『儚い』『可憐』『妖精みたい』と言い換えてしまうような魅力が、アネットの母にはあった。
つまり――母はめちゃくちゃ美人だったのだ!
(今のところの私の強みは――美人で優しくて癒し系なお母さまがいることっ! お母さまに良いご縁を用意して、そのままなんやかんや、再婚先で、私も幸せにしてもらおうっ!)
清々しいほどのコバンザメ作戦である。
アネットが優しい母の膝に座り、鏡台に向き合うと、鏡には小生意気そうな幼児の姿が映った。
白銀の髪に薄紫色の瞳……と色合いは儚げだし、多少つり目がちとはいえ、整った目鼻立ちも十二分に『可愛らしい』に分類される顔だと思う。だが、幼児が浮かべる表情がどうにもふてぶてしい。背後の垂れ目がちのまなじりをさらに下げて微笑む母とは、親子なのに雰囲気が似ても似つかない。
こればかりは中身の人格が表れてしまっているのだろうな、と納得しつつ、アネットは母の操る櫛に細い髪の毛を梳られて、うっとりと瞼を落とした。気分は、飼い主にブラッシングをされる犬である。
(待っててね、お母さま。お母さまにふさわしいお婿さんを用意してあげるから)
次第にまどろんで、こくりこくりと船をこぎ始めたアネットの耳に、母が『あらあら、今日もたくさん遊んで疲れたのね』と優しく囁く声が届いた。
たかが侍女の職務怠慢なんぞよりも、差し迫った命の危機の方が重大事である。
それこそ、王妃の暗殺未遂なんて、本来は国を挙げて犯人を突きとめて再発防止に努めるべきことだろうが、被害者である王妃の方を離宮にポイと追いやって終わり、といういいかげんな対応からは、真面目に解決しようとしている様子はうかがえない。
そもそも、厳重に警備されていただろう王妃が、ほいほい暗殺されかかっていること自体、不自然だ。
「あんさつしゃがよっぽどの手練れだったのかしら? 裏におえらいさんがついているとか……それこそ、くろまくが国王だとか?」
親の意向で結婚しただけの、気に入らない王妃なんて殺してしまおう――と、国王が考えていたとしたら?
王妃のことも、その娘であるアネットのことも、さぞかし目障りで仕方がないだろう。
「民法第752条! 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないっ! ……なーんていうどころか、じぶんのつまを殺すつもりだなんて。こちらもまもりをかためないといけない。でも、おかあさまの実家はたよれないし……」
さて、ここにきて、困った。
国王に対抗できるような強者に庇護を求めねばならないのに、アネットにはその伝手がない。
何なら、誰に助けを求めればいいのか、その見当さえついていないときた。
(なんやかんや言っても、私は王女だもの、殺すよりは政略結婚の駒として使う方が、国王にとってメリットがあるはずよ。適齢期になれば、他国や有力な貴族に嫁いで、その結婚相手に私の後ろ盾になってもらえるかもしれない。……でも、それって、何年後の話なのよ。それまでに死にたくないし、お母さまが殺されてしまったら私だって寝覚めが悪いわ。今の時点で何か私にできそうなこと……私の強みって何かしら?)
考えて、考えて――アネットは結論に行きついた。
「アネットちゃん。いらっしゃいな。綺麗な髪を梳かしましょうね」
「はあい、今行くわ! おかあさま!」
甘く可憐な響きの声に呼ばれて、アネットは母の膝に飛びついた。
初めて会った時にはこちらが心配になるような苦しげな咳をしていた母は、環境を変えたためか、少しずつ体調も良くなっているように見える。それでも、病み上がりなのは確かで、やせ細った身体の肉づきは薄かった。
しかし、その雰囲気を『不健康そう』『貧相』ではなく『儚い』『可憐』『妖精みたい』と言い換えてしまうような魅力が、アネットの母にはあった。
つまり――母はめちゃくちゃ美人だったのだ!
(今のところの私の強みは――美人で優しくて癒し系なお母さまがいることっ! お母さまに良いご縁を用意して、そのままなんやかんや、再婚先で、私も幸せにしてもらおうっ!)
清々しいほどのコバンザメ作戦である。
アネットが優しい母の膝に座り、鏡台に向き合うと、鏡には小生意気そうな幼児の姿が映った。
白銀の髪に薄紫色の瞳……と色合いは儚げだし、多少つり目がちとはいえ、整った目鼻立ちも十二分に『可愛らしい』に分類される顔だと思う。だが、幼児が浮かべる表情がどうにもふてぶてしい。背後の垂れ目がちのまなじりをさらに下げて微笑む母とは、親子なのに雰囲気が似ても似つかない。
こればかりは中身の人格が表れてしまっているのだろうな、と納得しつつ、アネットは母の操る櫛に細い髪の毛を梳られて、うっとりと瞼を落とした。気分は、飼い主にブラッシングをされる犬である。
(待っててね、お母さま。お母さまにふさわしいお婿さんを用意してあげるから)
次第にまどろんで、こくりこくりと船をこぎ始めたアネットの耳に、母が『あらあら、今日もたくさん遊んで疲れたのね』と優しく囁く声が届いた。
