真珠な令嬢はダイヤモンドな御曹司と踊る

「実家にも乾燥機があるんですが、母が洗濯物は外に干したい派で大雨の日しか乾燥機つかっちゃダメな決まりなんです。なので、ここで毎日乾燥機を使えるのが嬉しくって…乾燥機で乾かすと洗濯物がふかふかになるでしょ?それをこう触りながらたたんでると胸が弾むんですよね……」
 思わずうっとり語ってしまった。社長は「あ」と声をもらした。
「洗濯ってのはその……俺の下着なんかも洗ってもらってるんだよな」
「え?もちろんですよ。寝室のベッドの上に畳んで置いてましたがいけませんでした?」
 社長は珍しく口ごもった。さくさく何でも豪快に言う社長にしては珍しい。
「その……君は男性の下着なんかを洗濯するのって躊躇はないのか……?」
「はい。飯田さんが休みの日は父の分も洗濯してましたから」
 んん、と社長は咳払いをした。
「その……俺と文香さんはまだ清い仲なので。洗濯ものも分けた方がいいんじゃないか」
「そんなの二度手間でしょう。私なら気にしてませんが」
「じゃあ家事は分担で俺がたまには洗濯するよ」
 今度は私が驚く番だった。
「そ、それはダメです。だって私の下着とか……あっ」
 そこまで言って私は矛盾していた事に気づいた。
「そうですよね。社長だって私に洗濯されるの抵抗がありますよね。すみません、デリカシーが足りませんでした」
 頭を下げると社長は笑った。
「うん、まあ。そういうことになるかな」
「自分が人にやられて嫌なことはしちゃダメですよね。うわー、基本的なことなのに。うかつでした」
 社長は口元を緩めた。
「そんなにキチキチでやることはないけどね。俺も、女性とつきあったことはあるが、同居は初めてなんだ。これからもこんな感じで話し合ってやっていこうか」
 私は思わず社長を見つめた。
「うん?」
「その……一緒に暮らすってどういうことかなって考えてたんですけど。お互いの知らないところが見えてくるってこともあるんですね。今日は社長の繊細な一面が見れました」
「俺は文香さんって大人しいと思い込んでいたからなあ。想像以上にてきぱき家事をやるんで驚いた。もしかして真珠店の店先に立つんじゃなかったら家政婦をやってみたかったとかじゃないだろうな」
 思いがけない問いかけに私も笑った。
「家政婦の飯田さんは尊敬してますけど。家政婦をやりたかったわけじゃなくて。自分のことは自分で、をやってみたかったというのはあります」
 社長は私の目を見て頷いた。
「いいね。自分を幸せにできない人間は他人も幸せにできない。人に迷惑かけない程度に自分ファーストでいいんじゃないかと俺は考えてる」
 ふうん、と私は食べている美しいケーキを見た。
「じゃあ、このケーキも自分ファーストですか。甘いものがお好きとか?」
「いや、これは文香さんが喜ぶかな、と思って買ってきた。文香さんを喜ばす自分をファーストにしているわけだよ」
うーん、そうか、と私はちょっと考えた。
「それだったら私も。社長が気に入る朝食や晩御飯を作ってあげたいなあという自分ファーストです。でもこうやって言い合ってるとしてあげてるんだ、みたいな上から目線になりませんね。見返りを期待しないというか」
「ああ。そうだな。そこは大事なところだ。俺は文香さんの笑顔が見たくて、それ以上のご褒美は求めてないつもりだ」
 私はにっこり微笑んだ。
「どうなるかと思ったけど……意外とうまくやっていけそうな気がしてきました」
「俺は出張も多いんでね。一人の時は伸び伸び暮らしたらいいよ。そうだ。明後日の晩飯は俺が作ろう。たこ焼きパーティなんてどうだ?」
「えっ社長がたこ焼きですか?」
 意外なチョイスに目を見張る。
「ああ、大学時代部活の連中とよくやったんだ。狭い男ばかりのむさくるしいアパートで。
 タコだけじゃなくてチョコやチーズを入れたりするんだ。女子も楽しいと思うぞ」
 わあ、と私は顔を綻ばせた。
「楽しみです。本当に期待して待ってますから。約束ですよ」
「もちろん。うなる美味さのを作ってやる」
 それからひとしきり、互いの好きな食べ物の話などして尽きなかった。社長がたこ焼きなら私は他に対抗できるものを考えなくては、と思った。たとえばタコスとか生春巻きとか。
 改めて、社長との暮らしは楽し気なものになりつつある。でも一年で終わる可能性だってある。それを考えると冷静になってしまうが、今はできることを何だってやろう。
 「人生は喜ばせごっこ」と誰かが言っていた。私もそう思いたい。
 少し社長との距離が近づいた気がしたそんな夜だった。

 翌日。河原真珠店に立っていると思いがけない女性の来客があった。
「思っていたよりもしょぼい店ねえ」
 いきなりそう言われてむっとしてけれど、相手は若い女性だ。真珠の価値がわからないのかもしれない。
 私は努めて冷静な声を出した。
「何かお探しでしょうか?」
「んー。ピンクパールがいいのよね。リングと一粒ネックレス、イヤリング。出してくれない?」
 そう言って私の顔を覗き込む。その女性はサングラスをかけていて顔がわかりづらかったが、多分私のカンは当たってる。
「今日はお忍びで来られたんですか、雨宮ひめかさん」
 ひめかさんと前回会った時の捨て台詞は「私に恥をかかせたこと忘れないでね」だった。 
 今日もいろいろ難癖つけられるんだろうか、と見がまえてしまう。

 私は彼女に言われるままピンクパールのシリーズを出して並べた。

「ふん。わるくないのよね、これ。あの後ティアラよりもこっちが欲しかったって思いなおしてね。あなたと桐生さんの結婚にはむかつくけど、真珠には罪がないわ。私にちょうだい、それ。代金ももちろんはらうから」
 それを聞いてほっとした。おねだりモードになったら手がつけられない。
「でも正直、ライバルはあなたじゃなくて他にいるって思ってた」
「ライバル?」
 思いがけない単語が出てきて驚く。
「そう。桐生さんを口説いているとき、のらりくらりと逃げられてね。さおりのこともあるしなあってぼそっと言ったのよ。たぶん、あなたが桐生さんと出会う前の話よ。桐生さんの方から女性の名前が出てくるなんてあれ一度きりだったわ。
 なんかあるのよ、さおりって女と。言っておくけどね、桐生さんの宝石に執着してる女なんて一筋縄じゃいかないのよ。あなたはたまたま結婚までいけたんでしょうけど。あの女たち愛人でもいいって食い下がるからね。しっかり手綱、握っておきなささいよ」 
 ひめかさんにこんな風にはげまされるとは意外だった。それにしてもそのさおりという女性は一体、社長にとってどんな存在なのだろう。今まで一緒に暮らしていてもその名前は聞いたことがなかった。
 私は胸の内がざわざわした。社長がモテることなんて最初から知っていたのに。隠されているのかと思うと胸が苦しくなる。
 ひめかさんは私がピンクパールのシリーズをケースに入れて包装する間、うちの店の真珠アクセサリーを見て周り、しょぼいだのださいだのぶつぶつ言っていた。
「おまたせしました」
 ひめかさんは代金をカードで支払い、ピンクパールの入った袋を受け取った。その瞬間、嬉しそうに目を細めたので、本当に欲しかったんだ、と思い当たった。
「よかったらまたいらしてください」
「ふん。こんなしょぼい店、二度と来ないわ。ひょっとしたら桐生社長と破談になってないかと期待してきたんだけど。うまくいってるようだから損したわ」
 ひめかさんの視線が私の薬指に光る結婚指輪に注がれた。最近社長からプレゼントされたものだ。こんなの形だけのもので、ひょっとしたら一年後、離婚してるかもしれないです、と本当のことを言いたくなる。
「私もまだ手探り状態なんです。先のことはわかりません」
 ひめかさんがへえ、と目を開いた。
「そうね。あなたみたいに大人しかったら他の女に盗られるかもよ。せいぜいそうならないよう頑張ることね」
「ありがとうございます。お優しいですね」
 私がもしひめかさんの立場だったらこんな風に言えない気がする。
「あなたが宝石狂いの厚かましい女だったら桐生さんを奪い返すけど。あなただと何だかおせっかいを焼きたくなるのよ。ほんと、しっかりしてよね」
「肝に命じます」
 二度と来ないわよ、という捨て台詞を残してひめかさんは店を出て行った。わがままお嬢様だけど意外と情に厚いのかもしれない。
 ピンクパールが売れて嬉しかったがさおりという名の女性のことが胸の中でわだかまっていた。

 その日は、社長は遅く帰って来る日だった。もう十一時を過ぎていたので自分の寝室に行って休むことにした。
 パジャマ姿でペットボトルの水を飲んで冷蔵庫に戻していたら、玄関のドアが開く気配がした。
 せっかくだから挨拶くらいして寝ようと思い玄関へ行く。
「ただいま。文香さん、まだ起きてたのか」
「ええ。今から寝るところでした」
 そう言いながら私はあれっと思っていた。社長はスーツを着ていなかった。長袖のパーカーにピタッとしたパンツ。いつも早朝ランニングに行くスタイルに近い。ほんのり汗もかいているようだ。
「ジムとか行かれてましたっけ?」
 ランニングの事は知っていたけれど、ジム通いをしているのは聞いてなかった。
「ああ……文香さんに聞いてほしい話があるんだ。少し寝るのが遅くなってもいいかな」
「ええ。十二時をすぎなければ平気です」
「そうか。じゃあシャワーを浴びて着替えてくる」
 わかりましたと頷き、私は冷たいお水とカモミールティを用意することにした。
 しばらくして紺色のパジャマ姿の社長がやってきた。