真珠な令嬢はダイヤモンドな御曹司と踊る

 そしてジュエリーブラッドと提携した場合に出る利益などたたみかけるよう説明した。もちろん河原真珠が今抱えている負債も考慮にいれてある。
「どうでしょう、河原さん。一緒にやりませんか」
 河原さんは目を見開いて、戸惑いを見せていた。
「うちを評価してもらえたのは嬉しいですが…何故そこまで?うちにばかりメリットがあるようにお見受けしますが」
 ここが正念場だ、と俺は気を引き締めた。これからひと芝居打たねばならない。
「実は…私、お嬢さんの文香さんと結婚したいと考えています」
「ふ、文香と?!」
「お恥ずかしい話ですが、先日雨宮財閥でお嬢さんと出会い一目ぼれしてしまったのです」
「あまみや…ああ、あの時」
「はい。文香さんは素晴らしい女性です。何よりも真珠を愛して、河原真珠店を愛している。おばあちゃんになっても店に立ちたいそうですよ。そんな女性と私は会ったことがなかった。彼女なら私の伴侶として深い理解してくれるだろう、そう思い先日、プロポーズし承諾を得ました」
 俺の考えている作戦は二つあり。河原真珠店の真珠ルートを手に入れること。そして、文香さんとの結婚の外堀を埋めること。
「そんな……文香からは何の話もありませんが」
「文香さんは控えめな性格なので、言い出しにくかったのでしょう。今日、私から言うから、と彼女にも言ってあります」
 やっと河原社長が腑に落ちた顔をした。ただ俺も警戒はしていた。なんといっても一人娘だ。「娘はやらん」と父の愛情を持ち出されたらお手上げだ。この短い時間で俺を河原社長がどれだけ評価してくれたか。そこが鍵だった。
 河原社長は自分の膝に置いた手をじっと見つめながら言った。
「あの子は……うちの店を愛していたから店を残してあげたかった。それに店をたたんだらうちのビルも手放さなくてはいけない。苦労をかけるなと気に病んでいたんです」
 俺は黙って頷いた。
「それがジュエリーブラッドさんとの提携で店が存続し、娘をもらってくれるというのなら……それは、願ってもない話です」
 俺は胸の内でよし!と叫んだ。
「ありがとうございます。嬉しいです。文香さんを大切にします」
 俺は文香さんと自分の結婚生活を思い描いていた。彼女にすっかり惚れこんでいることは自覚していた。
 毎日彼女と会えるようになるんだ、と思うと胸が弾む。
 だが真珠店提携話はもっと詰めなくてはならない。俺はさらに時間を使って今後のことを河原社長と話し合った。
 最後に文香さんと河原夫人を交えての食事会をしよう、という事になった。やはりきちんとメンツを揃えて結婚話をするべきとなったのだ。
 俺はちょっとしたお願いをした。
「食事会に私が行くことは内緒にしてもられませんか。サプライズにしてびっくりさせてあげたいんです」
「ははは。お若い方は面白いことを考えますね。了解しました」
 提携話がうまくまとまったので、河原社長も俺に気を許してくださったようだ。ほっとした。
 問題は外堀を埋められた文香さんが俺との結婚に承諾してくれるかどうかだ。俺は二回しか彼女に会ったことがないが、その場の空気をぶち壊すことはしないタイプだ。きっとうまくいくだろう。

 数日後、料亭『柊』で文香さんとその両親、そして俺の食事会となった。河原社長は店を存続できるとわかった頃から随分明るくなられた。ここ数か月店をたたむことを苦にして随分思い悩まれていたのだろう。再生のきっかけになれて、俺も嬉しい。
 そんな雰囲気だったので食事会もスムーズに運ぶ……と思うのは楽観過ぎたか。文香さんが俺との結婚話が進んでいることに目を向いてにらんでくる。
 まあ、そうだろう。まったく本人のあずかり知らないところで俺の伴侶になることになっていたのだから。だがそれを大騒ぎしないところがさすが文香さんだ。
 ちょっと外の空気を吸ってくる、という彼女に俺は付き添って行った。
「桐生さん!私とあなたが結婚することになってるみたいですけど!」
 彼女は明らかに怒っていた。しかし、ここまで予想通りだ。俺は彼女との結婚で得られるメリット、そして彼女が得られるメリットを説明した。
 それでも簡単に了承はしなかった。聞けば男性とつきあったことがないという。こんなに美しいのに信じられない。
 だがそうなると俺との結婚へ踏み切れないのもわかる。しかし、彼女が断ろうとしてきた場合の案もしっかり練ってあった。俺は文香さんが理想の伴侶だと思っている。後悔するつもりはないと伝えた上で期間限定の契約結婚を持ち出した。一年試してみて無理と思ったら離婚、いけると思ったら継続だ。
 彼女の表情に迷いが生じた。きっと河原真珠やご両親の今後と自分が結婚した場合と天秤にかけているんだろう。俺は黙って彼女の返事を待った。 
 目を伏せていた彼女が顔をあげた。目にしっかりとした意志が感じられた。
「わかりました。桐生社長との契約結婚、お受けします」
 俺は胸の内でガッツポーズをした。俺はこの一年で彼女が結婚を継続したくなるよう何だってやるつもりだ。目の前に道が開けたような爽快な気分だった。

◇◇◇
 
 社長との新生活がスタートして一週間が経った。社長のマンションの部屋はとても広かった。想像はしていたが、やはり予想を遥かに越えていた。お掃除するのが大変かも、と思ったが社長は綺麗好きらしく部屋の中は片付いていた。
 私用にもらった部屋にはピンクのカバーのついたベットが置かれていた。小さな机と椅子も置かれていた。社長は何も言わなかったがこんな物もきっと揃えてくれたのだろう。
 御礼を言うと社長は笑った。
「ああ。文香さんが喜ぶだろうか、と考えてする買い物は楽しかったよ。気に入ってもらえたら何よりだ」
 う、とまばたきするくらい眩しい笑顔だった。誰しも笑顔になるとチャーミングになるものだけれど、社長の場合、もとから美形だから眩しさが常人の三倍だ。いやおうなしに胸がドキドキしてしまって静まれ心臓、と胸の内で叱咤する。
 驚いたのはこれだけではなかった。持ってきた服をしまおうとクローゼットを開けると一目で高級ブランドとわかる洋服たちがズラリと並んでいた。目が点になった。
 契約結婚なのに、ここまでしてくれるの?!
 しかも服のチョイスも私好みのものが多かった。
 桐生社長が選んでくれた……?
 そう思うと胸にまた甘いものがわいてくる。最近私はおかしい。社長にいくら親切にしてもらっているからってこんなにドキドキしていたら身がもたない。これから最低一年は一緒に暮らすのだから。
 はあ、とため息をつきながらハンガーに吊るされた一枚のブルーのワンピースを手に取る。今度社長と出かけることがあったらこれを着よう。
 着たらなんて言うかな……
 一緒に過ごしてみてわかったが社長は人を肯定したり褒めたりすることに躊躇がない。ある意味大判振る舞い、と言ってもいいくらい相手を気持ちよくさせる術を持っている。
 こうやってきっと人をたらしながら社長の座についたんだろうなあ、と容易に想像がついた。社長の美貌だとか女性のモテ具合とか考えると同性から嫉妬される可能性が高い。そこを社長独自の社交術で切り抜けてきているのだろう。
 実際、うちのお父さんも骨抜きにされてたな。いい旦那さんが見つかってよかったじゃないか、と何度も言われたし。母にいたってはイケメンでお金持ちという要素だけで「でかした文香」と力強く私の背を叩いた。
 両親がこの結婚を喜んでくれるのは嬉しい。
 そして私はどんな気持ちかと言うと……思いがけず家事が楽しい。これまでは週一でよかった夕食作りもほぼ毎日やっている。帰宅してさあ夕食作ろう、という時に気合がいるけれど、気持ち的にはウキウキしている。実家で家政婦の飯田さんが家事をやってくれているのを有難く思いながらも「申し訳ない」とか「これくらいは自分でもできるのにな」などなど気に病んでいたのだ。
 それが自分の采配で、できるようになった。この充足感。自分で言うと大げさかもしれないが「自立した気分」を味わえる。
 もちろん社長のサポートあってのことだけど、それでも家事のこまごました事をやっていると気持ちが弾むのだった。
 今日は社長の帰りの遅い日だ。私は帰宅してお風呂に入ったら洗濯機を回した。簡単な夕飯を食べて本を読んでいたら洗濯機の乾燥が終わる電子音が響いた。
 この家には洗濯物を干すピンチや物干し竿もないので100%乾燥機を使う。私は乾燥されてほかほかになった洗濯物の山をリビングに運んだ。
 乾燥されたばかりのバスタオルに顔をうずめる。ふんわりした肌触りに温もりが感じられて恍惚となる。
「ただいま」
 ガチャ、とドアが開く音がしてはっとする。
「社長、早かったですね」
 玄関で出迎えるとはい、と箱を手渡された。
「今日は会議が早く終わってな。ケーキ買ってきたんだ、一緒に食べよう」
「わあ。ありがとうございます。今洗濯物をたたもうとしてたのでそれが終わってからでもいいですか?」
 もちろん、と言いながら社長は自分の部屋へ行った。社長はすぐTシャツとスゥェットに着替えてリビングにやってきた。私はもう少しで洗濯物をたたみ終えるところだ。
 社長はコーヒーをいれてくれて、ケーキをいただく流れになった。
「さっき洗濯物を嬉しそうにたたんでたな。何かあった?」
 あ、と私はケーキを食べる手を止めた。